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EU離脱を問う英国国民投票

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EU flag

今日、英国にて、EU(欧州連合)からの離脱を問う歴史的な住民投票が行われました。その結果、拮抗した結果(52:48)ながら、EUから離脱することが決まりました。 本稿では、その背景を英国在住の私の観点から見ていきます。

そもそもの背景

英国は、日本や他の多くの国と同じく間接民主主義制なので、 ある議題をめぐって英国全国民による国民投票が行われることは極めて稀です。 歴史上、これが3回目になります。 1回目は 1975年のEU加入を問うもの、2回目が 2011年の選挙制度改革を問うものでした。

注: 一昨年のスコットランド独立を問うたのは、スコットランド住民による住民投票であり、英国全国民による国民投票とは異なる。

どういう場合に国民投票が実施され、またその結果の強制力がどうであるかは、英国法律上、憲法上の規定はありません。 今回、この国民投票は、英国下院(庶民院)与党の保守党キャメロン内閣によって提案され、 議会にてその実施のための関連特別法律が可決、制定された後、実施が決まりました。

その背景には、EU離脱をそもそもの党是とする、UKIP(英国独立党)が 2014年の欧州議会選挙で躍進し、同議会の英国選出議席中で第一党になったことがあります(UKIP 24議席、労働党 20、保守党 19)。 (EU離脱を問う住民投票を要求する)UKIP党の影響が無視できなくなったことに加え、 保守党党内からの圧力もあり、保守党政府は国民投票実施に踏み切りました。

このUKIP党は、1991年に設立された新しい政党です。 民族主義の色濃く、特に移民排斥を声高に訴えています。 人種差別ではないかと眉を顰める有権者も多いながら、ここ10年間、 確実に支持を拡大してきているものです。

実は、英国下院の先の2015年総選挙においては、UKIPは、 650議席中1議席にとどまっています。しかし、それは英国下院の選挙制度が小選挙区制のために大量の死に票が出たのが理由で、得票率にすれば 13%を獲得しています。

政党別に見れば、今回の住民投票のEU離脱/残留への姿勢は、以下でした。

  • UKIP党: EU離脱 (実質上の旗振り役)
  • 保守党: EU離脱派多数 (ただし、キャメロン首相はじめ残留支持派もそれなりにいる)
  • 労働党、自由民主党、その他の党: EU残留 (ただし、離脱支持の議員もいる)

EU残留派の主張

私が見た中で一番明快なのは、欧州法を専門とする著名なマイケル・ドゥーガン(Michael Dougan)教授の講演でした。
●講演ビデオ(英語): https://www.youtube.com/watch?v=USTypBKEd8Y (その書き起こし [2016-07-04追記])
(議論は、経済面と一部の政治面に限られます。 平易で大変論理的なため、かなり聞きやすいです。この方がいかに優秀か垣間見えます)。

私の理解をまとめると、英国のEU離脱後の(経済的な)シナリオの選択肢は以下のようになりそうです。

  1. EUとして英国が抜けるのは痛いとは言え、GDP比で 3%程度にしか過ぎない。 一方、英国にとって、実質上、EUとの交易抜きの経済は考えられない (英国の輸出入の約半分がEU)。 現代英国の最大の産業は金融業。つまり、国際取引がすべて、と言っても過言ではない。一方、製造業は、空洞化が進んでいる。 たとえば、英国の純国産車メーカーは存在しない(ロールスロイスやジャガーなど、かつての英国自動車メーカーは今は全て海外企業傘下)。 すなわち、外国からの輸入は、英国の生命線。中でもEUからの輸入が半分を占めるのも、 地理的な近さもさることならば、関税がかからず、規制や基準が同一であることを考慮すれば、驚くにあたらない。

  2. 現在、英国は、EU一員として、EUに毎年出資している。 逆にEU一員として、EUから毎年資金援助を受けている。 たとえば、数多くのウェールズの開発プロジェクトは、 EUの資金援助で成り立っている。 両方を勘案すると、全体としては、英国はEUへの出資過剰になっている (出資分の約1/3が還元されている)。 たとえばギリシャなど経済的に苦しい国へのEUからの収支は、EUの出資過剰になっているから、これは予想できること。EU離脱派の宣伝の柱の一。

  3. 現実問題として、英国は EUとの交易無しでは立ち行かない。 したがって、英国がEU離脱しても、EUと独立交易協定を結ぶことになることは確実。

  4. 実際、欧州でもノルウェーとスイスは、EUに加入していないが、 EUと独立交易協定を結ぶことで、ほぼ自由な経済交流を実現している。 問題は、

    1. EUとの独立交易協定を結べるかどうかは、当然、EUの決定であり、 それが実現するか、そしてどういう形で実現するかは、不透明。 離脱することで EUに痛手を与えた英国に対して、EUがよい条件を提示してくれるとは考えにくい。 参考までに、カナダはEUと商取引協定を結んでいるものの、 はなからEU加盟国では無かったカナダと英国とではその点が決定的に異なる。

    2. EUと独立交易協定を結ぶためには、EUに毎年の相当の出資が義務。 たとえば、EUへの供出額では(非EU加盟国の)ノルウェーは第5位、すなわちほとんどのEU加盟諸国(全28カ国)よりもノルウェーの供出額の方が高い。 一方、EUからの出資はゼロになる。つまり、独立協定制定にかかる追加コストをすべて無視して、もっとも単純な毎年の会計収支だけ考えても、 現在より経済的に有利になりそうにない。

    3. EUと独立交易協定を結ぶためには、EUが求める厳しい法的条件をクリアする必要がある。端的には、移動の自由(移民に対する法制度など)は、 EUが課す条件に合うように、国内法を整備しなくてはならない。 現状、もちろん、それらすべて英国内法で達成されている。問題は、 EU離脱派の宣伝は、EUの法制に縛られなくて済む、と主張していること (たとえば移民制限を掲げている)。 しかし、EUとの経済関係を維持したいならば、その少なからずが現実的にあり得ず、 EUの法の制限をかなり強く受けることになる。つまり、EU離脱派の宣伝は、実質的に虚偽。

    4. 一方、EUの決定には、当然、一切、口を挟むことはできない。 英国は、現在、EUのリーダー国であるため、他のどの国とも同じだけの影響を与えられると同時に、分野によっては拒否権も持つ。 この 4(b)-(d)の理由で、実際、ノルウェーの政治家は、しくじった、 と認めている、と聞く(上の講演から引用)。

    5. なお、EUが求める法制度や環境基準、製品基準は(市民および消費者にとって)世界一厳しいので、それを(EU離脱派が)緩和したい、とは、 道徳的問題があろう。末端消費者や一市民には、これは特に重大な問題。 消費者はさておき国内メーカーにとっては、基準が緩くなるのは歓迎かも知れない。 しかし、欧州へ輸出するならば、そちらは欧州基準を満たさないといけないので、 現実に製造コストが下がる場合がどれくらいあるかは別問題。

  5. 何をするにせよ、コストと労力と時間がおそろしくかかる。 現状、英国の法律はすべてEUとの関係を前提にしているため、 法律すべてをきわめて短期間(2年間)の間に見直す必要がある。 EUとの間で経済条約を結ぶにしても、10年でできれば御の字、 というレベル(たとえばスイスの場合、40年かかって、今もまだ交渉が終結していない)。そのコストは想像に難くない。

EU離脱派の主張

実は……、未だ納得できる論理的な主張を聞いたことがありません。 本質的な問題として、EU離脱後に何が起こるかは、誰も確証を持って予想はできない、という側面はあるでしょう。 しかし、上で提示した各項目に対して、一定のシナリオや反論があってもよさそうだし、実際、主張するにはそれが不可欠だと思うのですが……、 見当たりません。

上のマイケル・ドゥーガン(Michael Dougan)教授の講演では、 教授は、EU離脱派の主張を嘘と虚飾と断言しています。 それは、オブラートに包んだ言い方を好む英国人としては、極めて異例ですが……、 あながち間違いではないようです。

たとえば、投票後の今日、UKIP党のナイジェル・ファラージ党首は、 ある番組のインタビューで、EU離脱派キャンペーンが宣伝してきた(ソースの数例)

[EU離脱したら、EUへの供出額に相当する]一週間あたり3億5千万ポンドを 国民健康サービスに使う

について、「その主張は誤りだった」とさらりと言ってのけました (原典: 同インタビュー動画を含んだインディペンデント紙の記事)。

付け加えれば、この宣伝は、はなから嘘であることは明白ではあります。 まず、英国のEUへの昨年度拠出金は、帳簿上3億5千万ポンド/週(180億ポンド/年)ですが、 実際は、そのうち(昨年度であれば)1億ポンド/週は、即座に返金される仕組みになっています。 つまり、実質上、英国の拠出金は、2億5千万ポンド/週です。 このうち、9千万ポンド/週は、EUのプロジェクトとして、英国のために使われています (以上、fullfact.orgのデータシートより)。

すなわち、仮にEUの英国への出資分を今後すべてキャンセルして国民健康サービスに回すことにしたとしても、 1億ポンド/週をどこかから引っ張って来ないといけません。 さらに、EU離脱キャンペーンを率いる保守党の閣僚および有力者(ファラージUKIP党首は含まれない)は、

[EU離脱後]原則として2020年までは、英国各地で進行中のEUプロジェクトへの資金 供給を(EUに代わって)継続する

と明言しています(原典: EU離脱キャンペーンのウェブサイト)。 つまり、約束した国民健康サービスへの予算増を実現するためには、 1億9千万ポンドくらいをどこかから見つけてこないといけないことになります。 EU離脱の(表向きの)最大の経済的要因は不況と緊縮財政で、 EUに回す金があるならばそれを国内で使う、ということだったはずですが、どこからそんな大金を新たに持ってくるつもりでしょうか? もちろん、事実上、不可能なので、大嘘だったことになります。

上のニュースで報道された番組内では、投票が終わった後、ファラージ党首は、それが確かに嘘であったことを明言しています。

別の例として、欧州議会にて、英国に不利な決議(たとえば漁業権)が採択されたこともあって、 それがUKIP党がEU離脱を推す根拠の一つになっています。 しかし、UKIP党はEU反対が党是なので、欧州議会は基本的に欠席している、 と聞きます(給料はしっかりもらっていますが)。 つまり、英国選出議員の相当人数(第一党!)がそもそも議会の議論にも決議にも参加していないわけです。 それはマッチポンプに近いような印象を私は受けるものです。 少なくとも、不利益を被った当事者(たとえば漁業権を制限された漁業者)に、 大変不誠実な姿勢でしょう。

以上の二例は嘘だったり不誠実だったりですが、そうでなくても、 EU離脱派から空虚なスローガン以外は聞こえてこなかったものでした。 頑張って探せば、あるのだとは予想します……(結局のところ、 私は国際政治経済の専門家でも何でもありませんから、専門家ならば、 そんな私を説得できる論くらい張れるだろう、という客観的予想です)。 しかし、少なくとも同キャンペーンのリーダーたちからは、よくて内容の無い、悪ければ単純に嘘っぱちの、声しか聞こえてきませんでした。

マスメディアのEU離脱キャンペーン

今回の住民投票で一番印象的だったのは、 マスメディアのキャンペーンでした。

英国の新聞で販売数一位は、大衆紙(タブロイド)のサン(The Sun)、 二位が同じく大衆紙のデイリーメール(Daily Mail)です。

なお、英国で言う「大衆紙」とは、日本のスポーツ新聞以下の下品な新聞です。 スポーツでも有名人ゴシップ(芸能、王家、何でも)でもセンセーショナルに響くものならば何でもござれ、で基本的に信頼性ゼロだと (学のある層には)見なされています。しかし、販売数では、いわゆる高級全国紙 (ガーディアン、インディペンデント、タイムズ、テレグラフが四強) を圧倒しています。値段は大衆紙の方が明らかに安いです。

今回、サンもデイリーメールも、いずれも極端にEU離脱に偏ったキャンペーンを大々的に打ち出しました。文字通り、嘘と虚飾の塊、という様子だったようです (私はごく一部の例しか見ていないので、客観的な結論は下せません。自分で買うことはありませんから……)。 掛け声は、

  • 偉大な英国を取り戻せ
  • 偉大な英国が、EUに金を浪費している、縛られている
  • 移民こそが大問題だ (職を奪う、福祉を浪費する、犯罪率をあげている、他)

という感じのようです。   (— どこかで聞いたような文句ではありませんか?)

ロンドン在住のみどりさんによる、投票日直前のツィートが端的に表しています↓
もしくは、その方の(英国で生まれ育った)息子の反応がふるってます↓
[離脱残留を問うBBC番組を視聴した後]
注: 住民投票前の事前調査で、離脱派と残留派の数は拮抗していました。

市民の中のEU離脱支持層と残留支持層

有権者の中で、どういう層がEU離脱、EU残留を支持したのでしょうか? 世論調査によれば、明らかに二分されている様子が伺えます。 端的には、離脱支持は、

  • 高齢者層
  • 低所得者層、高等教育を受けていない層

に固まっています。逆に、若者や知識人層は、おしなべてEU残留派です。 たとえば、英国の主だった大学の総長20数人が連名でEU残留を支持する声明を出しました。数多くの有名スポーツ選手や芸能人も残留支持を打ち出しました。 経済学者や政治学者も大半は、EU残留支持のようでした。

また、地域差も明確に出ました。EU残留支持派が上回ったのは、 端的には、ロンドン、スコットランド、北アイルランド(の多くの地域)でした。 スコットランドと北アイルランドとは、英国UKからの独立(後者は南との統合)を目指す勢力が目立つのですが、 その独立運動の前提にEU加盟があることは、影響していることでしょう。 ロンドンは、他の地域よりも国際色が強く、また高学歴者が相対的に多いと推測できます。実際、イングランドでも、白人の割合が5割を切る国際都市レスターでは、(僅差ながら)EU残留支持派が上回りました。

私が衝撃を受けたのは、コーンウォールとウェールズのほとんどの地域で、 EU離脱派が勝利したことでした。コーンウォールと特に西ウェールズは、 僻地で開発が遅れていることもあり、 人口当たりのEUからの援助が英国内で最も高く、ルーマニア平均に匹敵します (UKIP党はルーマニア移民を目の敵にしている)。 そんな地域でさえ離脱を支持する人が多かったのが、示唆的です。

EU離脱キャンペーンに踊らされる大衆

メディアには、常に相当の影響力はあります。 まして全国一、二の販売数の新聞ならばなおさらです。タブロイドであっても。

それでも、タブロイドであっても、読者の意向は完全には無視できません。 もし読者の意向を完全に無視したら、いずれ読者からそっぽを向かれて販売数が落ちるでしょうから。今回、タブロイドのキャンペーンが続いたのは、 確かに仕掛けたのがタブロイド自身であったとはしても、それに読者から相当の賛同があったから、と言って間違いないでしょう。

では、なぜ、読者はチープなプロパガンダに踊らされたのでしょうか? 正直、私は自信を持って回答はできません。しかし推測はできます。

まず、背景には、長い不況での閉塞感があると見受けられます。 不況で一番被害を被るのは、経済的に貧しい階層です。 経済的に貧しい層と高等教育を受けていない層、そしてサンやデイリーメール紙の読者層とは大きく重なります。 端的には、大学を出てタブロイドを愛読する人はまず見かけません。

市民の間に不満が渦巻く時、歴史上、政治の常套手段は、不平を外に向けることでした。 戦争を起こすのがその最たるものです。たとえば、近年の英国だと、 不況で喘いでいたサッチャー時代、フォークランド紛争で内閣支持率は急上昇して、保守党政権が息を吹き返して長期政権になりました。 結果、別にフォークランド紛争で不況が回復するわけもなく、保守党サッチャー政権の新自由主義によって、社会主義的国家だった英国の福祉は大きく後退して、その傷跡は今でも感じられます。 それは経済的に貧しい階層にこそ一番の打撃だったはずです。

英国における移民嫌悪の雰囲気

不況に喘ぐ近年の欧州では、そのはけ口としてか、 移民排斥の姿勢が見受けられます。 英国でも、過去15年間で移民および難民の数が増えているのは事実です。 一つには、中東からの難民が増えています(アフガニスタンとイラクを侵略して大量の難民を出したのは、どこの国?)。 一つには、2004年に東欧諸国がEUに加わって以来、東欧から、特にポーランドからの移民が目立ちます。

自分たちの生活が苦しい時、あるいは職探しに苦労している時、 異邦人を指差して「あいつが悪い!」という誘惑にかられるものでしょうか。 少なくともタブロイドはそれを煽ることに余念無く、政治への不満をそらせたい政治家にも煽る動機はありますね。稀に犯罪が起これば、 「外国人が○○の犯罪を犯した!」などと、タブロイドの格好の見出しになります。

一方、冷静に統計を見れば、これらの煽りはどれも根拠がないことは分かります (例: インディペンデント紙の記事 "UK migration: Six myths about immigration debunked as latest figures show fall in non-EU arrivals")。 私としては、英国のコメディアンのジミー・カーの台詞

[ポーランドから来て]言葉もできなければ、金も無くて、知る人もなく、 でも着いた当日に君の職を盗むって……? 君って無能?

に座布団一枚あげたいところです。

皮肉はさておき、大英帝国の時代から移民が当たり前だった英国では、 現代では、実質上、移民の力無しには文明生活が成り立ちません。 もっとも端的には、現在の英国の医師の四分の一以上が、英国以外で生まれた人々です。外国資本によって職が提供される例ももちろん数限りありません。 たとえば、ホンダの欧州向け自動車工場の拠点は英国にあります。 英国がEU離脱すれば、ホンダは欧州向け自動車工場の本拠を欧州本土に移設することになる可能性が高い、という記事を読みました。確かに、 欧州に送った時に関税を取られたら、英国で製造する意味がありませんものね。

そして、そういう会社はホンダだけでも日本企業だけでもなく、 他にもたくさんあります。EU諸国の中にあって、国際共通言語の英語が使える英国は、 国際企業にとって、拠点として魅力ある場所だからです。ホンダならずとも、 英国に工場を作ってそこからEUに(輸出ではなく)輸送することができますから。

という現状では、もし冷静に分析するならば、仮に道徳的背景を無視して経済的観点だけから見ても、移民排斥する根拠は無くなります。 だから、論拠を挙げられないので、
「ハートとソウルとプライドで離脱に投票を」と
「少年ジャンプみたいなキャッチフレーズ」
を使うことになるのでしょう。 そんなチープな煽り文句に乗せられる人が少なくない、というのが、頭が痛いところです。

私のSNSの周りを見ると、EU離脱に賛成する人は、実はごく少数派です。 「私に関わりある人々」というバイアス(偏り)が強烈に効いている証です。 しかしそのうちの例外的な一人は、あるコメントで、(母国の)英国を指して 「great country」(偉大な国)と言っていました。私には寒気がする言葉です。 それこそ、戦前のドイツの第三帝国信仰、日本の「神の国」信仰を思い出します。

後者は、2000年に森喜朗首相が発現して物議を醸したことを思い出せば、「戦前」だけではないかも……。

私の印象としては、「偉大な国」信仰に酔った人が、中身ゼロのキャッチフレーズに乗せられて踊っているのでしょうね……。

英国がEU離脱することで利する人とは?

英国がEU離脱することで誰が得するかを考えてみます(私の限られた知識による憶測の域を出ないことをお断りしておきます)。

まず、英国経済が潤うとはきわめて考えにくいです。 英国は基本的に(金融を含めた)貿易で成り立っている国なので、鎖国などもってのほかで、なかでも EUとの貿易抜きは考えられません。

仮にEUと協定を結ばずに第三国と同様の条件で貿易するならば、 相応の関税がかかるでしょうから、輸出入ともに落ちこむでしょう。 もしEUと独立交易協定を結ぶならば、上述の理由で、今までより有利になるとは考えられません。基本的にEUの方が市場規模もはるかに大きくて強いので、協定条件について有利に交渉が進められるはずもなく。

したがって、輸出入に関して、悪い見通しになりそうです。 (収入に対しての)物価があがり、市民の平均的な生活が苦しくなることでしょう。

一方、英国内に限定したある種のビジネスにとっては、欧州の競争相手が落伍する(価格的に有利になる)ので、有利になるかもしれません。 しかし、今までは欧州から輸入していた原材料をはじめ物価が高くなることを思えば、そういうビジネスはかなり限られるように推測します。 少なくとも、末端消費者にとっては、物価が高くなって生活が苦しくなるだけです。 加えて、(前述したように)EUの厳しい基準をクリアしなくてもよくなって、 クオリティ・コントロールの質を落とすことで価格競争力がつけられるかも知れません (消費者にとっては嬉しくない、という側面は置いておいても)。 ただし、もしEUへの輸出も行うならば、結局EUの基準をクリアする必要があるので、それがどれほど利益追求企業にとって(安全基準を犠牲にしてもコストを下げる)助けになるかは微妙です。

一番美味しいのは、欧州以外の外国企業です。今までは欧州企業との価格競争に太刀打ちできなかったところが、(たとえば英国がEUと協定を 結ばなければ)欧州企業と同じ土俵に立てることになるので、はるかに競争しやすくなります。英国の国内企業とは依然(関税による)差があるにせよ、 英国内の物価があがって英国内企業の競争力が落ちることになる可能性が高いことを思えば、第三国企業にとっては願ったりです。

(EU内も含めて)外国企業にとっては、英国への輸出品に関して、今まではEU諸国と同じプロトコル(たとえば規制や基準)にそっていれば よかったものが、英国輸出品だけ特別扱いしなくてはならなくなります。 当然コストが加算されます。また貿易先としてEUに比べて英国は弱い分、 英国側の交渉力も下がるでしょう。結果、英国の消費者は、今までよりも高いものを買わされることになりそうです。(外国の)誰も安いものを提供してくれない、 できない、という意味です。

プロパガンダの糸を引く人々は?

離脱プロパガンダに熱心だった英国で販売数第一位の大衆紙サンのオーナーは、 (オーストラリア生まれの)米国人のメディア王ルパート・マードックです。 マードックにとっては、英国は外国に過ぎません。

同じく離脱プロパガンダに熱心だった大衆紙デイリーメールは、 貴族で大富豪のローザメア家(当主ジョナサン・ハームズワース)の所有です。 ローザメア家の信託組織は、 イギリスの王室属領のジャージー島およびイギリス領バミューダ諸島にて登記されています(原典: ガーディアン紙記事)。いずれも、 英国の領土ではなく、租税回避地です。つまり、ローザメア家は、 英国に税金(の相当額)を納めていません。それが直接何を意味するかは私の理解を超えますが、少なくとも、ほとんどの英国在住英国人とは利害が異なることでしょう。

つまり、熱心なプロパガンダを展開してきたメディアの思惑は、 平均的な英国人の幸せや発展を願ったものとはかけ離れたものであったと断言できそうです。

政治家とEU離脱

もう一勢力、英国のEU離脱で得する可能性があるのは、政治家です。 現在、英国はEUに相応の影響力を持っています。ただし、原則として欧州議会の議席数に比例した影響力だと考えれば、EUは常に英国の思惑通りに動くわけではありません。

欧州議会は連邦議会のようなもので、英国の内政に干渉するわけではありませんが、しかしそれでも(英国からの議員も参加した)欧州議会で 決定されたことは、英国の内政・経済にも影響力を持ち得ます。だから、 英国内の政治家にとっては、EUの法制が足枷に映ることもあるでしょう。 自分が一番と思いたい人がいたとしたら、欧州議会は、その「一番」にある程度の枠をはめる存在と言えなくはありません。英国会の各議員にとってみれば、「欧州議会なかりせば自分が一番」と思えるかもしれません。

そういう意味で、政治家の虚栄心にとっては、欧州議会は無い方がありがたい、という見方もあるかも知れません。 加えれば、人権問題に厳しいEUの足枷が無くなれば、今まで以上に富の再分配を防いで、(保守党支持母体の)金持ちを喜ばせることができるかも知れません。

経済学において、パイが小さくなると、持てる者も含めて最終的には皆がジリ貧になってしまうので、パイを拡大することは経済の基本原則の一つだと理解しています。 英国の経済が下落する、ということは、パイが小さくなる、ということを意味します。 それは、各政治家の支持母体にとっては (英国に拠点を置いている限り)、本来は嬉しくない話のはずです。 EU離脱は、パイが小さくなることを厭わない、という立場です。 だから、客観的に考えるならば、そこが理解に苦しむところではあります。 「偉大なる英国はEUの足枷を離れることで羽ばたく」という幻想を本気で信じているならば別ですが……。

ただし、パイが小さくなっても、自分の影響力が及ばない(及びにくい)範囲も小さくなる、あるいは無くなるので、自分に回ってくる利益を増やすことは原理的には可能でしょう。それに政治家の虚栄心をプラスすれば、 そういう方向性に動きたくなる人も(少なからず)いましょうか。 加えて、現在の閉塞感、市民の間にわだかまる不平感をそらすためには、 今回のEU離脱キャンペーンは恰好の矛先ずらしとガス抜きにはなったことでしょう。

また、結局、保守党の目的は、本質的に、パイの拡大より何よりも、 富の再分配を防いで富めるものをさらに富ませることにあるとすれば、 そういう意味では、世界を自分の権力範囲内に収められて富の分配システムをより自由に操れるようになる選択肢、 つまりEU離脱は魅力的に映ったのかも知れません。 客観的に見れば、近視眼的であるにせよ。

なお、保守党の若きキャメロン首相は、パイ縮小とそのリスクが見える (そして彼は、まだ若い分、年寄り政治家とは違って、その影響を実際に被ることになる) 程度には、頭が回る、と言えるのかも知れません。 キャメロン首相の政治思想に私と相容れるところはありませんが、 どこかのかつてのサメ脳首相と違って、頭は回る人だと理解しています。 これは私の憶測に過ぎませんが、今回の国民選挙実施を決定したキャメロン首相は、 この結末は予想していなかったのではないでしょうか。

英国の階級社会と大衆

今回、数多くの知識人が、EU残留を訴えました。 実際、知識人の中で、EU離脱を訴えた人はごく少数派でした。 それは、彼ら自身のため、たとえば自由な学術交流のため、でもあるとしても、 少しでもちゃんと聞けば、それが英国大衆のほとんどにとって当然の選択であることは自明でした。実際、高等教育を受けた層の多くがEU残留派であったことは、世論調査から分かっています。 しかし、EU離脱によって、もしくは政変によって甚大な影響を受けるであろう低所得層は、むしろEU離脱を支持し、明らかな二極化が見られました。

政党では、英国の野党、なかでも労働党は、EU残留を強く訴え続けました (ただし、労働党にもEU離脱を主張する議員はいました)。 もちろん、EU残留の主張は、労働者のため、労働者の利益になります。 労働党は、本来、労働者のための党、つまり低所得層こそその支持層であると予想できます。しかし、労働党のEU残留の訴えは、低所得層に届きませんでした。 そうではなく、低所得層がなびいたのは、移民排斥を声高に訴える UKIP党ら極右と言ってよい政党の声でした。

力(金)を持つものにとっては、ある意味、英国がEUに残留しても離脱しても、己の財産なり才覚なりで何とかなりましょう。 たとえば、英国を見捨てて他の国に移住することさえできましょう。 持たざるものにとっては、そんな選択肢はありません。 好き嫌いに関わらず、逃げ出すことはできません。

コメディアンのステュワート・リー(Stewart Lee)が、既存政党への抗議として UKIPに投票する行為を皮肉った台詞を言っていました。

他政党が気に入らないから抗議としてUKIPに投票するって、それ何の抗議のつもり?
それって、ホテルに泊まって、そのホテルのサービスが気に入らないからベッドの上に糞する。 そして、その後で、その糞まみれのベッドで自分が寝なくてはいけないということに気付く、というようなものだ。

低所得層にとっては、これがまさにEU離脱支持行為に当てはまりそうです。

注意すべきは、ここで「低所得層」と経済用語で書いているのは、まさに文字通りであり、 「白人やアングロサクソン人の」とは異なります。 肌の色や人種はどうもあまり関係ないようです。 他国で生まれ、何年も前に英国に渡ってきて以来英国で暮らしている人々でも、移民排斥に協調し、EU離脱を支持している様子です。 象徴的には、UKIP党のファラージ党首も、曾祖父の一人はドイツ人 (だからドイツ系の姓を持つ)で、英国に移民として来たと聞きます (原典: Wikipedia)。 そんな移民の「低所得層」が移民排斥を訴えるのは、 「弱いものがさらに弱いものを叩く」例ですね。

私自身は、高等教育こそ受けたものの、EUの政治経済についてはど素人もいいところです。だから、今回、見識ある知識人の声や文章を頼りに勉強させて頂きました。知識教養ある人々が、非専門家にも分かるように平易に解説してくれるのは、大変ありがたいことでした。

しかし……、そんな傾聴すべき声が、本来一番届いてほしいはずの層に届いていないのが悲しい現実でした。 「低所得層」は、自分たちと本来はもっとも敵対するはずの層の、 つまり自らの懐を肥やすために貧富の差を拡大して貧しいものをさらに貧しくすることを推進する人々の、声に追従していたのでした。 同時に彼らは、EU離脱派が叫ぶ「インテリの声など聞くな」も受け容れてしまっていたのです。中国の文化大革命を連想するのは私だけではないでしょう。

先に引用した少年の幻滅

UK生まれの息子の感想「結果にかかわらず、この国の人に対する見方が変わった。」

は、今回の国民投票の後も、英国に残ることになります。

また、今回の国民投票は、 移民排斥、あるいは人種差別の、パンドラの箱を開けてしまったかも知れません。英国の有名人には移民もたくさんいますが、幻滅を表明した人もちらほら見かけます。

私自身、移民です。 英国人の「他所者」に対する寛容性は、私がいつも感心するところでした。 出身でなく、肌の色でなく、(程度はあれ)言葉でさえなく、同じものを見て感じて共感するならば、仲間として友人として心から迎え入れられます。 (意識している人がどれほどいるかは別として)差別意識の根強い日本とはレベルが桁違い、これこそ、真の先進国だと思います。 しかし、チープな煽動にこうも易々と乗ってしまう大衆を見てしまうと……、 不安を禁じ得ません。

希望

伝説では、パンドラの箱が開けられた時、最後に残ったものがあります。 「希望」です。

今回の件で、希望はあるでしょうか?

歴史を振返ってみましょう。 市民の間に不満が渦巻いた時、歴史上、政治の常套手段は、対外戦争でした。 今回、少なくとも戦争は起きませんでした。 この住民投票は英国を二分した感じがあって、人々の間にわだかまりは残っています。 スコットランドでは独立の気運が本気で再燃していますし、 北アイルランドやジブラルタルもUKすなわち 「(グレートブリテン及び北アイルランド)『連合』王国」 を離脱する可能性が少なからずありそうです。 でも、少なくとも、全員生きていますし、殺し合う代わりに言葉でコミュニケーションできます。それは大いなる進歩と言っていいと思います。

私も含めて、今回の件で幻滅した人は、それは、今まで現実が見えていなかった、 と言っていいのでしょう。今回、火のないところから何か発生したわけではなく、 明白ではなかったにせよ、今までも火種はあったのですから。

この根深い問題を今後、どうやって解決していくかは難しい問題です。 短期的な解決策は、私には思いつきません。 しかし、分かったのは、教育は決定的に大切 ということだと考えます。 世論調査が示したように、 高等教育を受けた人々の多くは、チープなプロパガンダに乗せられることなく、 自分たち、そして社会にとってよい選択肢を選んでいました。

教育は国家百年の計と言います。 聡明な市民国民を育てる地道な努力を怠らないことが肝要でしょう。 目に見える結果が出るのは、先のことになるとは言え。 実は、英国現与党の保守党は教育破壊と愚民化政策に熱心でもあります (たとえば、大学授業料を三倍に値上げした)。 道は険しそうではありますが……、 未来の世代のためにも、諦めることは許されません。

半世紀後に同じような状況に直面した時、人々がずっと賢く行動することを夢見ましょう。


(坂野正明, 2016年6月24日)

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