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日本での夏時間導入の問題点(2018年)

2018年8月、日本政府が夏時間導入を真剣に検討している、という報道があった。

政権の現在案は以下のようだ。

  1. 1〜2年後に夏時間を導入する。
  2. 夏時間の間は2時間ずれる、とする。
  3. 導入期間は 2年間限定。

どれを取っても、暴論だ……。筆者の貧弱な想像力のはるか上をいく酷さだ。

以下、その問題点を主に工学的、社会学的視点から考察する。

金, 2015-07-03 22:14 - Taken with fish-eye lenz.Sunset from The Lookout Bothy, Rubha Hunish, Isle of Skye

スコットランド北西部のスカイ島のRubha Hunishにて、7月3日22時15分(英国夏時間)著者撮影。北緯57.7度。カムチャッカ半島北部と同緯度。サハリン(樺太)はもちろん、アリューシャン列島やアラスカのアンカレッジよりも北になる。参考までに、宗谷岬が北緯45度、京都が北緯35度、沖縄の宮古島が北緯25度。
これだけ陽が長い土地で、アウトドアに人生を捧げた人間ならば、夏時間のありがたみもあるが……?


1 夏時間の導入?

1.1 現代社会における時刻の一致の重要性

まず、今の時代、基幹システムでは、時間は秒未満の単位で揃っていることが前提とされているところが多々ある。

たとえば、金融取引。 世界的には、もはや人間だと間に合わないからAI(人工知能)に金融取引を任せ始めている時代だ。世界市場の相場をウォッチして、何かのパラメーター(の組み合わせ)が変わった段階でコンマ何秒で億円単位の取引成立させて利鞘を稼ぐ世界。人間のトレーダーだと、どんなに速くても秒の単位、おそらくは分の単位で時間がかかるので、それでは競争に負ける。そんな秒未満を争う取引システムだと、当然、両者の間で時刻の精度が1/100秒未満の精度で一致していることが前提になる。

あるいはITの世界で、何か送受信する約束があった時、両者の時刻精度はやはりその程度で一致しているのは前提だ。それがセキュリティの前提であることも多いだろう。 実際、ITの世界では、時刻の一致は極めて本質的な問題なので、インターネットを使って時刻を高精度で同期させる仕組みはすでに確立している(NTPなど)。ただし、セキュリティが強固なシステムの場合(何かのインフラのような重要な設備だろう)、インターネットにつなぐ事自体がセキュリティのリスクになることもあるため、そのような場合は、電波時計を使って時刻を較正するシステムもあると聞く。電波時計は極めて正確なので、それがちゃんと動いている限りは問題ない。

あるいは、現在の先端工場であれば、時刻の一致を大前提として工場設備が動くようになっていることはよくあるだろう。たとえば午前1時0分0秒から午前5時0分0秒まで全館システム停止させて、整備する、とか。ベルトコンベアの下流は止まったのに上流は動き続けていたりすれば、労災だ。それが原発であれば……という的確な指摘した人もいる

現在の最新医療もきっとそうだ。正確な時計を使って、何時何分何秒から何秒まである薬を点滴する、とか、規則的に電気ショックを与えるなど。

鉄道はどうか? 大都会でのラッシュアワーでの超過密スケジュールにもかかわらず、列車の正面衝突などの大事故がまずなく、概ね安全運転できている日本の鉄道は、人類現代文明の最先端の一つと言っても過言ではないだろう。管制システムから末端の無人駅に至るまで全てのシステムにおいて時刻が精度よく一致していることは、その高い信頼性を担保する大前提ではないか? 夏時間導入となれば、各鉄道会社は顔面蒼白になることは想像に難くない。

そこまで直接人命に関わらないまでも、一般の人々の生活にも、今の時代、時刻の正確さは色々な場面で仮定されている。 まずスマホだと、世界のどこに行っても、自動的に現地時間をフォローしてくれる。閏年は言うまでもなく、時折不定期に世界的に挿入される閏秒も完璧にフォローする。スマホの便利さの一つの理由は、時刻の正確性が保証されていることにある。だからこそ、目覚ましはもちろん、「睡眠中邪魔しないでね」モードとか、定期的セキュリティ更新とか、色々なサービスが自然に提供されていて、ユーザーは意識しているいないにかかわらずその恩恵を受けている。

特に今の時代、スマート家電が大々的に宣伝されている。テレビはもちろん照明から冷暖房、冷蔵庫から何から何まで。スマート家電の大前提は時刻の一致だ。朝の7時にご飯が炊き上がっているはずが、実は炊き上がるのは(2時間ずれて)9時だった、とかになれば、話にならない。

それより古典的なケースとして、(安価な)夜間電力を利用する設定だったり、決まった時刻にスイッチが入れ切れする(冷暖房や湯沸し、予約録画など)電気機器も多々あるが、これらも一様に問題が生じることになる。

1.2 日本で夏時間を導入?

今まで、日本で夏時間が必要とされたことはなかった(戦後すぐの一時期、米軍占領下で導入されて数年ですぐ廃止されたことがあるのが例外)。したがって、日本のメーカーは、国内使用を前提とする限り、基幹インフラから家庭用機器に至るまで、夏時間を考慮したことはほぼなかった、と仮定して間違いないだろう。特に「ガラパゴス」という名称に象徴されるように、日本のメーカーは国内向けにしか製品を作っていないところが圧倒的多数なので、設計屋から工作屋、上層部から末端エンジニアに至るまで、夏時間は考えたこともない人が大半だと予想できる。あるいは海外メーカーであっても、日本向けは夏時間を考慮しなくてよい、という前提でものづくりしてきたところは少なくないだろう。

誰が、そんな国中の末端に至るまでのシステム全てを間違いなく、夏時間に対応できる、というのか? 70年前と異なり、各家庭で家に一つある柱時計を手で調節すればおしまい、という時代ではない。金融関係、医療現場、産業界からはては家庭に至るまで、それぞれ数多くの機器で時刻はミリ秒(千分の一秒)単位で追随できていることがすでに前提になっている時代なのだ。

2 1〜2年後に夏時間を導入する

日本のIT関係の様子を見ると、あちこちで阿鼻叫喚の声が上がっている。「(1年で準備するのは)純粋に不可能」と断言する人ばかりと言ってよい。筆者が見た限り、真っ当なエンジニアで、問題ない、という声は、皆無だ。それはそうだろう。あるシステムで夏時間対応するためには、その全てのパーツが夏時間に対応している必要がある。下流部のパーツが一つでも夏時間未対応だとそこでシステム全体に齟齬が出る可能性が高くなる。それを全て完璧に試験するのは、気の遠くなる、そして綿密な作業が必要だ。医療関係など、下手すれば人命に関わる。あるいは金融関係であれば、億円単位の損害が秒単位で発生する可能性がある。

立命館大学情報理工学部の上原哲太郎教授は、最低5年、現実には10年の準備期間が必要で、経済被害は兆単位に達する、と試算する(上原氏のスライド発表)。実際、ど素人の筆者がIT技術者の労働日報酬からざっと試算しても、100億円ではお話にならず、1000億円でも到底無理なことくらいは、容易に見当つく。しかも、上原氏の見積もりや主張は甘いことがすでに指摘されている(同氏が潔く認めた例)。

参考までに、日銀発表の資料によれば、かつてコンピューター2000年問題を前にして、金融界だけで(当時の貨幣価値で)4500億円以上かけた、とされる(「コンピューター2000年問題に関するわが国金融界の対応状況」1999年8月27日)。2000年問題が存在することは、エンジニアやプログラマであればその10年以上前からよく知られていたにもかかわらず、だ。2000年当時と比較にならないくらい電算化が進んでいる現在、天から急に降ってきた夏時間問題に対応するには、金融界だけでも莫大な、まして日本の全産業、家庭まで考えると天文学的な費用がかかる、もしくは経済損失があることは想像に難くない。

役所などの公的機関だけでも、おそらく国家予算の何パーセントかが必要になることになるが、その覚悟はあるのか? 五輪開催の経済効果が仮にあったとして、その何倍もの費用が必要になるのだが? (念のため、経済効果があったとしても、国の税収増加分はそのほんの一部にすぎない。) まして、大半の私企業や家庭の場合、単に支出増加になるだけだが?

加えて、現場で対応するエンジニアの士気も無視できない。 エンジニアは、基本的に職人なので、副産物として自分が手塩にかけたシステム(製品)が改善するならばやる気も出るが……これほど虚しい作業もない。夏時間に対応したからと言って、製品の品質が以前に比べて向上するわけではないのだから。例えば法律改正によって安全基準が強化されたから、それに対応して製品の安全性を向上させる、などの話とは全く次元が異なる。

ちなみに、このエンジニアの士気の問題は、かつての2000年問題との決定的に大きな違いだ。2000年問題を作り出したのは、エンジニア自身(または先達エンジニア)であることは、エンジニアはよく承知していた。自分(たち)で掘った穴だった以上、それを埋めること、そうして製品を改善することには義務感もあった。当時、数多のエンジニアが、事前に十分な検証実験を行なった上で、なお正月返上して泊まり込みで、不測の事態に備えた、と聞く。今回の夏時間は、エンジニア自身の不手際などではなく、純粋に天から降ってきた災難、それも(政治家による)人災だから、話は決定的に異なる。

そして、費用や士気以上に致命的な問題は、政府提案ではそれを1年あまり(2年足らず)で実施する、とされていることだ。一体、どこの魔術師を雇うのか?

3 夏時間の間は2時間ずれる

この「2時間」のズレは、これまた強烈だ……。

基本的に世界の国々で、2時間のズレの夏時間を設定している地域は存在しない(唯一の例外が、南極のノルウェー・トロル基地と聞いた(ソース)。 何処も1時間だ。そしてそのため、世界の既存の夏時間設定は、1時間のズレを大前提として回っている(大御所でそう定義もされている)。

実用例が、端的には電波時計だ。 日本では、90年代には電波時計の腕時計がすでに一般に使われていた。今でももちろんそうだし、のみならず上述のように重要な基幹システムで電波時計を頼りにしているところもあると聞く。電波時計では、仕様として、夏時間かどうかの情報は送られる。しかし、何時間ずれるかの情報は送られない! そして仕様上、そんな追加情報を送ることもできないようだ(ソース)。つまり、電波時計利用装置(腕時計であれ基幹システムであれ)は、仮に夏時間をしっかり考慮したデザインであったにせよ、時刻が仕様通り1時間ズレることになる。もし日本の夏時間が2時間ズレるのであれば、夏時間に対応した電波時計(受信装置)を使っていても、結局1時間のズレが出てしまう。つまり、時計として全く使い物にならなくなる。既存の電波時計対応機器はこれ全てアップグレード(従来の腕時計ならば買い替え)が必要になる。

しかも、仮に新規対応するならば、エンジニア的には、電波時計に対応する仕様として、日本国内で使用する時のみ、(世界的に唯一の)例外処理を施す必要がある。恐ろしく無駄であるとともに、そんな例外処理はバグ(不具合)の温床だ。筆者が担当エンジニアならば、ちゃぶ台をひっくり返したくなる要求だ。

4 導入期間は 2年間限定

そしてここまで大変な努力して(大金使って)対応したとしても、二年後には無意味になる。 そんな無駄な虚しい作業を国民の多数に強いる、と……。 (精神的)拷問としては一級品かも知れない。作業させてから、成果物をただ無情にぶっ壊す、という。

さらに悪いのは、その2年間だけの例外規定が未来永劫残ることだ。

暦や時刻は、変えられると後世の人がとても迷惑する。 例えば、1752年9月は、17日間しかないことで有名だ(英国の話。そしてそれが現在の計算機の標準(参考資料))。この月を境に、ユリウス暦からグレゴリオ暦に変更されたからだ。だから、現在から「何日」前かを計算する時、1752年9月をまたぐ場合は、計算に注意が必要になる。

同様に、2020年限定で夏時間が導入されたならば、2020年7月1日18:00(日本時間夏時間)と、2022年7月1日18:00(日本時間冬時間)との間の経過時間は2年間ちょうど(365日×2年)ではなくなってしまう。ある年以降、毎年夏時間が導入されたならば、そういうものとして計算に組込むことにしてまだ許せるとして……、2020年の夏に限って、などのアルゴリズムを作るのは、とても虚しい。発狂したくなると言ってもよい。

しかも、もし一旦夏時間が導入されたならば、後世の人には選択肢はない。嫌でも、それを考慮しなくてはならない。グレゴリオ暦への変更と同じレベルの話だ。実際、日本でも米国占領軍の下にあった 1948〜1951年の夏期は夏時間が施行されていたので、その期間の時刻は夏時間換算になる(著名な工学者奥村晴彦教授のツィートが実感を伴った一例)。

5 夏時間導入のメリットとデメリット

そこまで無理して夏時間を導入するメリットははたしてあるか?

筆者の結論は、一言で言って、日本でそのメリットは無い、だ。 上述の導入の困難さと費用と予想される混乱に加えて、数々のデメリットがあることから、デメリットがはるかに上回るだろう。おそらく比較にならない水準で。

5.1 メリット — 省エネ?

まず、夏時間導入の最大の動機は、本来、もしくは歴史的には省エネだった(今回の政府提案は五輪だけを睨んでいるかも知れないが、それは一考にも値しないとして本稿では論じない)。

夏時間を導入すると、夏の間、日の出からそれほど時間が経たないうちに大半の人々の社会活動が開始されることになる。端的には、出勤や通学だ。そして、日没よりかなり前に帰宅して、その後、比較的早い時刻に就寝することを意味する。ここでの前提は、社会の人々の大半は、

  1. 社会活動開始時刻が、標準時で午前6〜9時くらい
  2. 起きている時間として、出勤前よりも帰宅後の時間の方が長い

という二点だ。この前提の下では、普通の標準時だと、夏至の前後の期間は、日の出の後、(相対的に)長時間眠りこけて、にも関わらず日没後長い時間、人工照明の下で時間を過ごしていることになる。 だからこそ、大半の人々にとって、それらの時刻を前倒しすることで、(帰宅後就寝前の)夜間照明時間を減らすことができる、と言うカラクリだ。

これは、家庭用電力消費の大半が照明器具だった時代、つまり欧州で夏時間が相次いで導入された半世紀以上前の時代には、省エネを意味しただろう。 一方、今の時代、家庭の電力消費における照明関係の割合ははるかに低下している。冷暖房(温水器)、冷蔵庫、洗濯(乾燥)機、炊事機器、テレビ、ゲーム機器、IT機器、などなど電気食い虫がたくさんいる。そんな現代において、夏時間導入が社会全体で見て省エネにつながるとは、よく言っても即答できる問題ではない。例えば、日本でまだ暑い時間に人々が一斉帰宅することで、家庭で一斉にクーラーをつけたならば、社会全体のエネルギー消費は増大することも考えられるだろう(日本の場合、まだ明るいんだから仕事仕事、と残業を押し付けられて、以前に比べて労働時間が延びるだけ、という可能性があるのは置いておく)。

Live Science に2016年掲載の概観記事は、夏時間による省エネ効果のほどはよくわかっていない、とまとめる。つまり、よく言っても、明らかに省エネになる、とはとても言えない、ということだ。下手すれば逆効果の可能性も否定されていない。

しかも、日本政府は今回、夏時間導入による「経済効果」を打ち出してきた。「経済効果」とは、これすなわちエネルギー消費とほぼ同値だ。人間の活動はこれ全てエネルギーの消費なのだから。つまり、「経済効果」があると主張することは、エネルギーがもっと使われる、と主張することに等しい。にも関わらず、「省エネ」とも宣伝しているとは、これ如何に。政府がその科学的矛盾に気づいていない様子なのが、筆者としては非常に頭痛い……。断言すれば、もし(その真偽はさておき)本当に夏時間に経済効果があるならば、それは「省エネ」の真逆になる、のが真理だ。

注: いくつかの仮定が成立する条件の元では、絶対にそう(真理)だとまでは言い切れない。産業構造や社会構造が根本的に変化する場合、例えば日本人の大半が在宅勤務になる、などの変革が起こる場合は、話は別だ。しかし、(夏時間導入に伴って)そのような常識的にはありそうにない仮定が必然的に成立する(可能性が高い)ことが明快に議論、主張されていない限りは、経済活動とエネルギー消費とは比例する、と考えるのが原則(科学の用語を使えば、ゼロ次近似)になる。筆者の知る限り、政府主張にそのような議論はない。従って、原則に従って、答えは上述のように唯一、すなわちこの件に関して政府主張は自己矛盾していることになる。

5.2 デメリット

夏時間実施国においての既知のデメリットは、国民の大量時差ボケだ。1時間(しかも政府案は2時間!!)、ある日を境に突然時計が狂うのと同じなので、規則正しい生活をしている人(大半の勤め人とか)ほど影響を受ける。子供への影響はさらに大きいと聞く(ようやく夜眠るようになった幼児が……など)。1年に2回、夏時間との切り替わり直後には、睡眠不足の人がたくさん出現する、という統計的研究がある(参考: Time誌の概観記事)。その結果、交通事故が有意に増加したりするそうだ。それが(飛行機の国際旅行での時差ボケのように)一人であれば、個人の問題と片付けられるかも知れないが、社会的に系統的に大量睡眠不足が出現するということは、国として経済活動にも国民の健康問題にも相応の影響を与えることを意味する。例えば、統計的に死者が増える。簡単に考えてよい問題ではないだろう。

(夏時間に毎年切り替わる)英国在住の筆者が身近で経験する現実問題としては、夏時間切替え時に、忘れる人が必ず現れる。夏時間への切替えは必ず深夜に行われるので、うっかりしていると忘れるものだ。出勤の遅刻や待ち合わせ時刻の誤解などのトラブルは、よくある話だ。個人的不利益やストレスもさることながら、社会全体とすれば、1年に2回毎年あるその損失は相当のものだろう。

さて、夏時間に切り替えることになった場合、世界の多くの国に倣うならば、夏時間は3月末から10月末まで実施される。7月に、現在午前6時起床、7時出勤している人が夏時間の結果、(2(!)時間ずれて標準時での)午前4時起床、5時出勤することになるならば、まぁ、それは良いと(仮に)しよう。しかし、同様に4月初めに、午前4時起床、5時出勤になれば、真っ暗で肌寒くてたまったものではないのではないか? 「夏時間」とは、端的には「冬ではない時期」のことだ。7月だけでなく、4月や10月にどうなるかちゃんと検討しないと、社会生活の歪みが無視できない(なお、日本だけ世界の中で例外として、夏時間を5〜8月に限って導入、のような非効率の極みは御免だ!)。

5.3 メリットとデメリットとの比較

筆者個人的には、英国の夏時間は素晴らしいと思っている。でもそれは、平日でも夕方にアウトドアに出かけられるのが素晴らしい、という個人的動機があるからだ。サラリーマン時代、夏の間、しばしば午後4時に帰宅して、22時頃まで戸外で遊んでいたものだ。でもそれが楽しめたのは、

  1. 筆者が(超)アウトドア派
  2. 職場の就業時間がフレックスで残業なし
  3. 自宅が職場から近い
  4. 日没が遅い(日照時間が長い)

という4条件が揃っていたからに他ならない。平均的な日本人と比較すれば、極めて特殊と言っていいだろう。平均的日本人だと、おそらく4条件のどれも当てはまらない。中でも(4)は大きくて、緯度の高い英国ならではだ(英国は、南部のロンドンでも、極東のサハリンの緯度に相当し、スコットランド北部にもなれば、夏至の頃は地平線は一晩中明るい)。日本ほど緯度が低いと、夏時間を導入したところで、アフターファイブの日照時間は限られる(ちなみに、前掲のLive Science のPappas著の記事でも、米国において、緯度が低いところは夏時間の恩恵が相対的に薄いことが述べられている)。

そして、加えれば、これらは、「夏時間に切り替わる」から可能なのではない

単に、年中、夏時間であっても同じことだ。結局、夏時間は「起きている時間として、出勤前よりも帰宅後の時間の方が長い人」を前提として設計されている以上、夏か冬かどうかは関係ない。欧米では、時折、「年中、夏時間にすればどうか」という議論が持ち上がるのはうなづける(なお、年中、夏時間にすると、それはそれで、子供の通学時間と日照時間などの別の問題も持ち上がるので、単純な話ではないことを付け加えておく)。

欧州では、別の(ちょっと特殊な)例として、スペインがある。スペインは経度的には英国と同じながら、タイムゾーンは(ずっと東方にある)ドイツと同じ欧州標準時を採用している。そのため、スペインでは、朝日が昇るのが遅く、夕方はなかなか日が暮れないことになる。夏時間の時期はなおさらだ。これは、(現代の)スペイン人の標準的生活パターンに合っている。特に夏の間、(日照時刻的には)早朝から働き、(暑い)昼には帰宅したりしてシエスタ(昼寝)を取って、午後遅くに職場復帰して、終業後にバル(居酒屋兼カフェ)の戸外テラスで一杯ひっかけて、22時くらいから家族で夕食、という生活パターンだ。日本が夏時間で2時間ずらせば、ちょうどスペインと同じような状況になる。日本も(本州東北以南は)盛夏は酷暑だし、日本人が一斉にそんなライフサイクルにしよう(当然、昼間は店員もお休みで店も閉まる)、というならば夏時間も一考の価値はあろうが……。本気ですか?

日本固有のもう一つの深刻な問題は、日本の国土の東西の広がりだ。日本国土の東西の経度の開きは非常に大きいので、本来ならば二つの時刻帯を採用してよいところだ。しかし、一国の中で複数の時刻を持つ弊害とのバランスで、ちょっと無理して、日本全国で統一して明石標準時を使っている。その歪みは、東端(北海道の根室)、西端(九州西部、まして沖縄から与那国島の南西諸島)で最も著しく感じられる。端的には、南西諸島では、現在すでに年中夏時間で過ごしているようなものだ。もしそれがさらに2時間もズレると、そんな土地ではあまりに不自然になることだろう。つまり、東京で本来の時刻で午前7時のところ、与那国島ではそれは夏時間の間は午前4時に対応することになるわけだから。鹿児島在住だった「おじさん」こと(故)森本雅樹教授が1996年に天文月報(日本天文学会会誌)9月号に発表した記事「サマータイムを考えました」は、その視点をしっかりと議論していて、その筋では有名だ。

6 結論

以上諸々考慮して、仮に夏時間導入のコストがゼロであったとしても、日本で夏時間を導入するメリットはおよそないと筆者は考える。現実には、導入するだけでお金にして兆円単位もしくはそれ以上のコストがかかるので、馬鹿げている話と断言してよいだろう。1時間の夏時間でもそうだし、政府提案の2時間はなおさらだ。そして今から準備期間1〜2年での導入は単純に不可能だ。もしくは無理矢理導入した場合の社会的損失は計り知れない。

冒頭で「筆者の貧弱な想像力のはるか上をいく酷さ」と書いた所以である。


Masa Sakano
2018-08-14

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