▲欧州的登山生活▲
△第83号: ジョー・ブラウンの一日 (カーバー・エッジ)
- 発行日
- 2008/11/30
- 発行者・筆者
- まさ (坂野正明)
まさです。
そろそろ冬山シーズン開幕の頃でしょうか。スコットランドでも 寒波が押し寄せた時、早くも冬期登攀が行なわれた、という話を 聞きました。
欧州では今年の冬は寒くなりそうということなので、楽しみです。
今回は、第76号でも訪れたピーク地方の カーバー・エッジでの岩登りの記録を主とします。 それにちなんで英国クライミング史上最大の英雄とも 言われるジョー・ブラウンの紹介も書きました。 お楽しみあれ。
目次
登山記録編 〜〜 ジョー・ブラウンの一日 (カーバー・エッジ) 〜〜
カーバー・エッジ(Curbar Edge)で岩登り。 易しいルートを登って上からフォローを確保している頃、 いつものザイルパートナーのグレアムも下に到着。 登ってくるかい? 登らいでか。 ルート終了点、崖の上で挨拶の握手。再会の場所として、クライマーにふさわしい!
つづいて僕は Green Crack
(HVS 5b) をリード。 上から垂れるフレークに沿って右斜め上に登っていくルート。
つまり、ある意味では、ルートのほとんどがオーバーハング。 そんなパワーのルートこそ、スタンスが大事。
核心では、慎重に足から体重を移動させていく。いける。次いで、手、そして体。 問題ない。アレットに手をかけて、回ったところ
に……ホールドが……大丈夫。 越えたぁ! いいルートだった!
その後は、きれいなクラックのルート Avalanche Wall
(HVS 5a)、 そして The Corner (HVS
5b) をリードして苦労しながらも登りきった。
後日、これら 3本の HVS のルートを調べると、 いずれも英国登山史に輝く最大の英雄 Joe Brown のルートではないか! たまたまなのに。素晴らしい! 僕のルートの見る目があったかも? (笑)
△以上、記録の一部。全文は、以下に載せました。
http://alpiniste.hp.infoseek.co.jp/record/uk/20080426_curbar.jis.html
登山ミニ知識編 〜〜 名人ジョー・ブラウン 〜〜
英国のクライミングの歴史の中で、最大の英雄を一人挙げろ と問われれば、おそらく多くのクライマーはジョー・ブラウン (Joe Brown)を挙げるでしょう。戦後まもない1950年代、 パートナーのドン・ウィランス(Don Whillans)と並んで 英国(つまりは世界)のクライミングをほとんど四半世紀 先取りしていた人物です。
特にピーク地方と北ウェールズとにおいて、数々の岩場で 当時、不可能だったルートをフリークライミングで 初登攀しました。
実際、彼がピーク地方の Millstone Edge にてあるルートをフリークライミングで登った時、 それ以前は Millstone Edge では(フリークライミングが不可能だから、 グリット石としては例外的に)ピトンを打ち放題、人工登攀の 天国だったのが、一夜にしてピトンが打たれることが無くなったといいます。 まさに英国の登攀世界を体現する人物だと言えましょう。
そのような伝統登攀を極めるため、支点に使う道具にも工夫をこなし、 現在の 金属製ナッツの原型は彼が使ったもの だったと聞きます。ジョー・ブラウンは後にアルプスに出かけて 数々のルートを初登攀します。当時は(回収不能の)ピトンを がんがん打ち込んで登るのが普通だったアルプスで、 彼らはそういった先進ナチュラル・プロテクションを 駆使して登っていました。二登した外国のクライマーが、ルートが あまりにきれいな状態で残されているのに驚き、一体 ブラウンらはどうやって登ったのか、と首をかしげることがあったと聞きます。
また特筆すべきは、ジョー・ブラウンは、ドン・ウィランスと並び、 登山における階級の壁を破って労働者階級にクライミングを持ってきた、 という意味でも象徴的な存在です。
英国では、古くから上流(貴族)階級と労働者階級の差が顕著で、 比較的最近までその傾向は色濃く残っていたものです。 たとえば、英国では列車によっては、内側から扉が開けない車両が 今でも(!)あります — 昔は列車に乗れるような貴族の場合、 召使が駅で待機していて主人のために外から扉を開けていたため、 内側から扉が開けられなくても不都合はなかったからだと聞きます (今の世では当然そんなわけはないので、結果、降車したい人は、 扉の上部の窓を開けて手を外側に出して把手を回すことで、外から扉を開けます — ほとんど冗談のような光景!)。 今でさえそんな残り香がある国のこと、 半世紀前の状況は推して知るべし。
英国の登山史は、実質上、18世紀のアルプスの山々初登頂に始まります。 当時、遠くアルプスまで出かけて登れるような人々は、 当然金持ち、つまり貴族階級、上流階級の人々でした。 実際、当時の「登山」は、地元の登山ガイドに氷や雪の上に ステップを切らせてそれを登っていく、というスタイルでした。 最後、山頂に達する直前に、(それまで道を切り開いてきた)ガイドを こともなげに横に押しやって初登頂を達成する、というものだったと聞きます。
英国本土の地元であっても、登山に情熱を燃やせる人々は、 多くはその余裕がある上流階級の人々だったのも当然でしょう。 1950年代、自家用車もない労働者が山や崖に 行くだけでも大変だったはず。 そんな中、 ジョー・ブラウンは、(当初は)配管工・大工として生計を立てつつ、 余暇を使ってクライミングに情熱を傾け、 同じく配管工だったパートナーのドン・ウィランスと共に、 英国の登攀の歴史を大きく書換えたのでした。 端的には、彼ら以降、登山、少なくともロッククライミングは、 最早上流階級の独占するものでは無くなったのです。
面白いことに、ジョー・ブラウンの仇名の一つは 「The Baron」(=男爵) です。階級社会の壁を打ち破った クライマーの仇名なのに! 破天荒な振舞いで有名な相棒のウィランス (仇名: The Villain (=悪漢))との対比があったのでしょうか。 他に「The Master」(=名人)、「The Human Fly」(=人間蝿) という 仇名もあります。
今、北ウェールズのスノウドン山の麓には 彼の名を冠した登山用具店があります。 一度、立ち寄ってみられるのもいいかも知れません。
△以上、紹介文の抜粋。全文は以下をどうぞ。
http://alpiniste.hp.infoseek.co.jp/trivia/climbers.html#brown
Webページ更新情報
- この記事は、以下にも載せました。
http://alpiniste.hp.infoseek.co.jp/magazine/backnumber/eu083.html
次回予告
次回は… 「コーンウォール花崗岩の数々」
See you later!
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