震撼の重力波

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Artist's impression of merging neutron stars by ESO/L. Calçada/M. Kornmesser (CC BY 4.0)
By ESO/L. Calçada/M. Kornmesser - https://www.eso.org/public/images/eso1733a/, CC BY 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=63442190

この2年間、最先端の物理学研究が、素晴らしい成果を見せてくれた。私が生きている間でこれほどのものはもう出会えないかも知れない。重力波の直接検出と、その発生源の確かな観測的特定だ。私個人にとっては青天の霹靂に近く、誰にとっても興奮するニュースであったことに違いない。ごく最近あった大発見の直前には、天文学者の友人には厳しい箝口令が敷かれていたようだった。組織全体に箝口令とは天文学の世界では珍しい[後注1]。それは興奮する発見に違いない、と予想されたし、実際、そのすぐ後の発表は、期待を裏切らないものだった。

本稿は、重力波は素人の私ながら、その何が重要で、その示唆するところが何かについて概観しようという大胆な試みである。[追記(2017-11-01): 本稿は科学に興味ある方どなたでもひとしく楽しんでいただけるよう、構成しました(つもりです)。この世紀の発見の興奮を味わっていただければ、筆者としては望外です。]

目次

  1. 重力波とは何か?
  2. 初の重力波直接検出への道のり
    1. 歴史的背景をかいつまむ
    2. 重力波検出の試み
    3. 直接検出
  3. どんでん返し
    1. 重力波の初の直接検出
  4. 重力波天文学の誕生
    1. 何が分かったのか?
    2. 短時間ガンマ線バースト
    3. 重元素の起源、たとえば金
    4. 中質量ブラックホール
  5. 歴史は繰り返す

重力波とは何か?

重力波とは、一言で言えば、重力場に何か巨大な変化が起こった時、(ある条件で)その変動が波となって光速で伝わっていくものだ。観測者は、通過する重力波の影響を受ける(動かされる)ことになる。ただし、観測者の周囲のあらゆるものも等しく影響を受けるため、検出はそう簡単な話ではない。

初の重力波直接検出への道のり

歴史的背景をかいつまむ

誰でも電磁波のことは知っている。電磁波なくして生命は存在し得ない。古典的には、旧約聖書の創世記にさえ記述がある、曰く光あれ。光とは、電磁波の一形態だ。正確には、電磁波のある波長帯域が光と呼ばれる。また、現代社会は、たとえばラジオやテレビ放送から携帯電話という形で、電波による通信無しでは成立しない。電波もまた別の波長帯域の電磁波のことだ。[電子レンジに使われる]マイクロ波、赤外線、紫外線、X線からガンマ線まで、これすべて電磁波のことで、波長帯域が違うだけだ。

1世紀以上前、物理学者は電磁気学の仕組みを解明した。マクスウェル方程式とアインシュタインの特殊相対性理論とがその金字塔だ。宇宙にあまねく電磁場中で、電荷が加速された時(あるいは減速、すなわち負の方向に加速された時)に放出されるのが電磁波である、と電磁気学理論は説明する。

宇宙にはもう一つあまねく「場」があり、それが重力場だ。アイザック・ニュートンが17世紀に重力理論の定式化に成功し[万有引力の理論]、2世紀後にアルバート・アインシュタインがそれを修正して名高い「一般相対性理論」として完成させた。電磁場も重力場も結局は場なのだから、電磁場からの類推として、世の中には重力波も存在するかもしれない、と予想するのは、それなりに自然な話だろう。

問題は、一般相対性理論は、核になる方程式は美しく単純ながら、実際問題としてそこから何か意味があることを導き出すのは恐ろしく困難なことだ。一般相対性理論発表後、当のアインシュタインが、数ヶ月をかけて重力波が存在する可能性を導き出した。

その後、重力波の理論が、当時の一流物理学者によって厳しく検討され、批判さえされたのは、驚くに当たらないだろう。一般相対性理論発表の21年後の1936年、アインシュタインは、重力波は存在し得ない、と結論づけ、結果をまとめた論文を物理学の世界一の権威である『フィジカル・レビュー』誌に投稿した。その論文の査読を依頼された匿名の学者(その後、ハワード・ロバートソンだと知れることになる)は、アインシュタインの論理のアラを見つけて指摘した。批判的な査読結果の手紙を受け取ったアインシュタインは、怒って、同誌での論文発表を取り下げた(セルヴァンテ=コタ他(2016年)が、当時の状況を生き生きと描いている[英語])。しかし、アインシュタインは、新しい共同研究者となったレオポルド・インフェルドによる、やはり論理が間違っているという指摘に納得して、二人で同年、別の雑誌に論文を投稿する。その論文の結論は自身による直前の論文の正逆で、重力波は存在するはずだ、となった!

重力波検出の試み

ニュートンの古典力学の理論がほぼ直ちに実験的に実証されたのとは対照的に、一般相対性理論は、発表当初は仮説の域を出なかった。実験あるいは観測的に証明するのも反証するのも極端に難しかったからだ。しかし現在では、相対論は超高精度で検証され、今に至るまで信頼に足る反証は存在しない。現代社会での最高峰が、カーナビやスマートフォンで使われるGPS技術だ。GPS技術が誇る超高精度は、一般相対性理論を最大限に活用して初めて可能になったものだ。

しかしそれでも、一般相対性理論の証明の最後の鍵になるであろう重力波は長らく検出されなかった。物理学者の試算により、その効果は恐ろしく小さく、したがってその検出は極めて難しいことはわかっている。だから、重力波が検出されないことが、一般相対性理論の反証になるわけではない。とは言え、捉えどころのない一般相対性理論という難理論の確かな証拠として、重力波の検出は切望されてきたものだ。

1974年、ラッセル・ハルスとジョセフ・テイラーが、重力波の間接的ながら初の証拠を掴んだ。連星パルサー系PSR B1913+16の約7.75時間の軌道周期が、1年につき 76.5マイクロ秒(0.0000765秒)短くなっていること(減衰)を発見したのだ。そのように軌道周期が減衰する原因は、物理学者は他に一切考えつかないことから、これが重力波の証拠とされた。二人はその功績で、1993年のノーベル物理学賞を受賞した。

直接検出

1990年代後半になると、数カ国で天体物理学者のいくつかのグループが、初の重力波直接検出へ向けて始動していた。当時、日本の天文学界隈でそれがどんな様子だったか筆者は覚えている。重力波の存在を疑う天文学者はほぼ皆無の一方、近い将来人類が重力波を検出できるかどうかには懐疑的な人々が大半だった。当時の日本の天文学者で、重力波検出計画を熱心に応援している人は限られた。

なぜか? 重力波の直接検出は、技術的に極めて困難であることが知られていたからだ。2015年に重力波の直接検出に初成功したライゴ(LIGO)重力波天文台は、最終的に、長さにして、5×1022分の1という精度を達成した。その数字をもう少し直感的に言い換えるなら、地球の表面半周(たとえば日本とアルゼンチン)の距離 20000kmに対して、1兆分の1cm (正確にはそのさらに4割)の違いを見分けるのに等しい。人類が現在まで行ったあらゆる種類の測定の中で、疑いなくもっとも正確なものであろう。

1990年後半には、日本では、TAMA(タマ)計画が走り始めた。当時、ライゴ重力波天文台はすでに計画段階で、TAMA計画は性能にしてそれよりはるかに劣るものだった。日本の一部の天文学者は、「そんな(劣った性能の)ものを建設して何になるんだ?」と疑問を持ったものだった。その答は、「我々の銀河系や近くで超新星爆発などの華々しい天体ショーがもし起これば、TAMAは(世界に先駆けて唯一)検出できる」であり、筆者はそれなりに納得したものだった。だが、結果的には、そのような幸運に恵まれることはなく終わった。

問題はもちろん先立つものだ。そのような施設を建設し、運用するのは、予算という意味でも、人的パワーという意味でも高価だ。そして、ライゴ重力波天文台級の超高精度であってさえ重力波望遠鏡が何をか検出できるという保証はなかった。実際、筆者の周りの天文学者は総じて悲観的だったものだ。天文学者はほぼ皆、自分たちのプロジェクトの予算獲得を求めて常に奔走し、すぐ出るような「売り物になる」結果を求めているものだ(次の予算獲得のため、あるいはそれ以前に食べていくための職を得るため)。そんな状況下、金食い虫でひょっとしたら完全な無駄金に終わる可能性さえあった重力波望遠鏡へ、天文学者がそれほど好意的でなかったのは、理解できるだろう。今顧みるに、それは良い姿勢ではなかったものの、競争社会における現実だったと言ってよいだろう。

どんでん返し

重力波の初の直接検出

近年、筆者は、重力波天文学の現状を追っていなかった。風の便りに、世界のいずれの計画も当初の予定通りに進んでいないことは聞いていた。どこも予算を獲得するのに苦労していたのだろう。

2016年のはじめ、ライゴ重力波天文台グループが重力波の初検出を発表した。筆者には青天の霹靂だった。彼ら先駆者がノーベル物理学賞を翌年2017年に受賞したのが異例中の異例の早さだった事実が、それが世紀の発見だったことを雄弁に物語る。実際、ノーベル賞の受賞は研究の発表から何十年もかかるのが普通で、たとえば前述のハルスとテイラーも発見から受賞までほぼ20年かかったものだ。

重力波の初検出はそれは興奮するニュースだったとは言え、一体何がその放射源なのかは当時から今に至るまで推測の域を出ない。重力波望遠鏡は全天を見張り、最強の信号のみを何とか検出している。裏を返せば、位置を精度よく決めるのはとても荷が重すぎる。重力波天文学に本質的な別の問題として、それら最強の信号を放出する放射源は、通常の電磁波、つまり可視光(あるいは電波やX線)をほとんど出さない、と考えられている。実際、今までに見つかった最初の5つの重力波源は[注: 原版の4つから訂正(2017-08-23)]、それぞれ二つのブラックホールの合体現象だとされている。それはさぞ強烈な現象かとも聞こえるが、実はその際、光など別のものが同時に放射されることはない。ブラックホールからは何ものも脱出できないからだ。外の世界に伝わるのは、その系の重力場が急激に変化した徴としての重力波だけなのだ。

今まで検出不能だった天体現象を検出する手法を得た、ということはまことに喜ばしい。しかし、一体、実際に何が検出されたのかを独立した手法で検証できないのは、誰しも残念に感じるところだ。

重力波天文学の誕生

重力波の初検出以来、4例(4天体現象)の検出報告が続いた[注: 原版の3例から訂正(2017-08-23)]。そして、革命的発見があった。2017年8月17日、重力波検出された天体が電磁波でも同定されたのだ。それぞれGW170817 (重力波源)、GRB 170817A (ガンマ線源)、AT 2017gfo (光学天体)と名付けられた天体(現象)で、銀河 NGC 4993近傍に位置する。それだけでなく、電磁波の[観測可能な]全波長帯、すなわち電波、赤外線、紫外線、X線でも検出された[後注2]。ニュートリノの検出はなかった。

エウレーカ、敵が何か分かったのだ!!

端的には、それは二つの中性子星の合体現象だと判明した。ブラックホールと異なり、中性子星は、物質でできた表面を持つ —— 驚くなかれ(?)、主に中性子だ。だから、何か極端なことが起きた時には、それらの物質はもう少し普通の方法で信号を外界に向けて放つ。

人類には、ツキがあった。その頃までには複数の重力波天文台が稼働していて、それらを総合した結果、重力波源の位置を比較的精度よく決めることに成功した(注: 重力波天文台の場合、離れた場所にある複数の天文台で検出することが、位置精度を向上させるために決定的に重要な意味を持つ。参考までに、@NASAFermiによる映像(動画GIF)が、どのように位置が絞られていったかを端的に表している)。同天体までの距離は、1.3億光年とごく近く、それ以前に検出された重力波4天体の10分の1の距離に過ぎない。すなわち、(放射源の強度が同じならば)検出する信号は100倍強いことになる。二つのガンマ線天文台、フェルミ(Fermi)とインテグラル(INTEGRAL)が、(軌道上で)突発的ガンマ線天体が出現すればいつでも検出できる体制を整えていた。実際、ガンマ線は数秒しか続かなかった。突発的ガンマ線天体現象(ガンマ線バースト)は、通常、アフターグロー(残光)と呼ばれる、可視光で時間差がついた増光現象を示すことが知られている。だから、ガンマ線バーストの検出報告を受けて、可視光の天文学者は、観測の準備段階で、どういう天体が見つかりそうか見当をつけることができた。また、同天体が出現したのは開けた場所で、母銀河あるいは我々の天の川銀河にある分子雲や塵の雲の内部や後ろでもなかった。仮にそういう場所に出現していたら、可視光での観測は不可能だった。

言うまでもなく、ただ単に運がよかったというだけではない。人類は、そのような稀な天体現象を観測するだけの態勢を整えていたからこそ、即座に集中的かつ広域的な追観測を実行できたのだ。同天体の位置は、太陽にきわめて近かった。だから、地球上のどの場所であれ、観測は日没後1時間以内に限られた。地理的に離れた場所で協力しての観測が成功の鍵だった。

何が分かったのか?

一言で言えば、一般相対性理論について今まで実験観測的証明に欠けていた(おそらく)最後の事実が確認されたことで、同理論が超高精度で正しいことが確認された。それは同時に、宇宙についての人類の理解がおよそ正しいことを追認するものだ。

科学とは、既存の理論を常にそして永劫に試験し続けることに集約される。もしある理論への確かな観測的反証が一つでも見つかれば、その理論は直ちに捨てられるか、少なくとも修正されなくてはならない。今までに、どれほど多くの証拠がその理論を支持していたとしても、だ。科学界のすべての定説は、そういった無数の検証に耐えてきたものであり、今も検証され続けているものだ。それら学説が定説になっている、ということは、反証が見つかる可能性はきわめて低いことを示唆する。だから、もし誰か(いわゆる「疑似」科学者に多い)が反証を見つけた、と主張したら、間違っているのはその自称「反証」自体の方であることが普通だ。とは言え、(定説への)反証が存在する可能性が完全に消えることはない。もし定説を覆すことに成功したならば、それは一科学者にとって最高の栄誉と言ってよい。

この2年で重力波天体現象が複数発見されたことにより、一般相対性理論は今まで以上にその信頼性を確固たるものにした。奇しくもアインシュタインによる理論提唱のちょうど1世紀後になる。好むと好まざるとにかかわらず、SFや漫画や映画で時に登場する夢のような話のいくつか、たとえばテレポーテーション(瞬間移動)、反重力浮揚、時間旅行といったものは、不可能であることが証明された。

短時間ガンマ線バースト

よい面に目を向けるならば、この発見は、さまざまな分野の物理学者と天文学者の今までの努力を祝すものになっている。重力波源GW170817は、短時間ガンマ線バーストを引き連れていることが分かった。これは素晴らしい発見だ。

ガンマ線バーストは、突発的に短時間の間、強力なガンマ線を放出する天体現象で、宇宙でエネルギー的に最大の爆発現象の一つだ。最初に発見されたのは1967年にさかのぼる(核実験検証の偶然の副産物だった)。しかし、一体それが何者なのか、1997年にある劇的な発見がなされるまで長らく謎だった。それ以来、精力的な観測がなされ、今では、ガンマ線バーストのうちの少なくとも長時間ガンマ線バーストに関しては理解が相当進んできた。長時間ガンマ線バーストとは(特殊な軟ガンマ線リピーターを別種として)二種族あるガンマ線バーストの片方で、全体の約70パーセントを占め、バーストの継続時間が2秒を超えるものを指す。対照的に、もう片方の短時間ガンマ線バーストは、未だその起源がよく分かっていない。というのも、他波長で起源天体を同定するのが極端に困難なためだ。ただ、短時間ガンマ線バーストの起源は、長時間ガンマ線バーストとは異なるだろうとは、言われている。

短時間ガンマ線バーストが重力波源GW170817に付随して起こったことは、その起源に決定的に近い回答を与えることになった。まだ一天体だけという問題はあるにせよ、だ。それは二つの中性子星の合体現象だった。中性子星の合体現象は、短時間ガンマ線バーストの起源として最有力説ではあったものの、決定的な観測的証拠に欠けていて、そういう意味では、競合仮説と同じ土俵にいた。発表によれば、GW170817の観測結果は、重力波および全ての波長帯域での電磁波放射において、理論モデルときわめてよく一致していたという。

それは人類の叡智の勝利と筆者は見る。分野の科学者たちが全体として、いくつもの断片的な証拠をかき集め、その時点で最善の推定を行なってきた。そのような知恵に基づく推定が、このたび、従来とはまったく異なる独立の観測的証拠によって支持されることになったのだ。

なお、この観測によってすべての短時間ガンマ線バーストの起源が中性子星の合体だと決まったわけではない、ことを付記しておく。しかし、ある程度、ひょっとしたら大半の短時間ガンマ線バーストの起源がそうだろうとは言える。人類の宇宙の理解が少し進歩したのだ。

重元素の起源、たとえば金

地球上には、そしてきっと宇宙あまねき、94個の自然元素(原子)が存在する。そのうち3個だけ、具体的には水素(質量比にして75パーセント)、ヘリウム(25パーセント)、そしてごく微量のリチウムだけが、始原元素、すなわち宇宙開闢直後から存在したものだ。原子番号26番(鉄)までの軽元素は、星内部の核融合で生成され、主に(星の一生の最後を飾る)超新星爆発によって外界に放出されてきた。星は宇宙のいたるところに存在し、超新星を起こすような大質量星の寿命は相対的に短い。だから、そういった軽元素は、45億年前に地球が星間物質から生まれた時、すでに星間空間に存在していたわけだ。

大きな問題は、核融合では鉄より重い元素を生成できないことだ。しかしそういった重元素は、鉄ほどではないにせよ、地球上や地球内部に、現に相当量存在している。亜鉛、鉛、ウラン、そして人間がこよなく愛してきた金もそれに含まれる。

一般に広く受け容れられている学説によれば、そういった重元素は超新星爆発の時に生成されたに違いない、とされる。しかし、観測的には、それを裏付ける証拠はほとんどなく、まして理論を定量的に説明できるような証拠は一切ない。超新星爆発によって生成される重元素の量は限られるのではないか、とする理論も提唱されていると聞く。

科学者は、宇宙の中で、超新星爆発以外に、重元素を生成できるほどの高エネルギー現象を知らない。だからこそ、消去法でこの重元素超新星起源説が一般に受け容れられてきたと言ってよい。

さて、GW170817の発見により、別の候補が出てきた。中性子星の合体現象だ。超高エネルギー現象であり、金などの重元素を大量に生成するはずだそうだ。今のところ、中性子星の合体現象が宇宙でどれほど起きるものなのか、まだ分かっていない。だから、同現象によって生成される重元素の量を定量的に議論するのは時期早尚だ。しかし、短時間ガンマ線バーストが宇宙でどれくらい起きているかならば、相当程度判っている。もし将来的に重力波放出現象と短時間ガンマ線バーストとの相関が明らかになれば、宇宙全体での中性子星合体現象による重元素生成量がどれくらいかを推定することも可能ではないか? それは筆者の憶測に過ぎないが、そのように考えるのも夢があることだろう。

なお、中性子星合体現象が重元素生成にある程度寄与しているという仮説自体は、必ずしも新しいものではない。その可能性は近年提唱されてきたもので、中でも、ガンマ線バーストGRB 130603Bの起源に絡んで活発に議論されたようだ。GW170817の発見は、そんな説を後押しするものと言える。

中質量ブラックホール

現在までに、天文学者は、大量のブラックホールを発見してきた。それらブラックホールは、質量に応じて、二つの種族に分けられる。太陽の数倍から20倍の質量のものと、100万倍以上のものだ。大きな問題は、その中間の質量を持つもの、俗に中質量ブラックホールと呼ばれる種族が、なぜか観測されないことだ。中質量ブラックホールは、生成機構に関係する理由か何かで、宇宙にそもそも(ほとんど)存在しないのだろうか? それとも、実は存在するのだけれど、何らかの理由で観測が困難で見つからないだけだろうか?

ブラックホールの既存の二種族については、その生成機構が相当程度確立している。前者(小質量)は重い星の一生の成れの果てとして生成され、一方、後者は我々の天の川銀河も含めた銀河の中心に存在し、宇宙年齢をかけて肥え太ってきたとされる。前者に関しては、よく確立した星の理論によって星の質量にははっきりとした上限があることが知られているので、必然的にそこから生まれるブラックホールの質量にも上限があることになる。

さて、今までの重力波天体は、最後のGW170817を除いて全て中質量ブラックホールの合体現象だと解釈されている。つまり、中質量ブラックホールは宇宙に相当数存在するということを示唆している。どのように生まれたのだろう? 過去の合体現象だろうか、それとも何か別の機構か? 中質量ブラックホールは既知の二種族に比べて稀な存在なのだろうか? それとも従来の観測手法では検出が困難な格別な理由があるのだろうか? この新観測事実が、ブラックホールの理論ひいては天体物理学をどう書き換えることになるのか興味深い。何と言っても、天文学が発達した今の世の中でも、ブラックホールは宇宙で最も異常な存在なのだから!

歴史は繰り返す

重力波天体の発見、そしてさらにはその天体が(他波長で)同定されたことを見てきて、筆者は、話に聞いた初期X線天文学の事情を思い出す。以下のことだ。

X線は、(主に)温度100万度を超える超高温物質から放射される。ブルーノ・ロッシ、ジャコーニらによる1962年の宇宙X線天体の初検出以前は、宇宙に強力なX線を放射するような高温の天体が存在すると想像した人はほとんど皆無だったと聞く。今では、宇宙には強いX線を放射する天体が無数に存在することは常識だ。つまり宇宙には、超高温の場所や領域、中には銀河間空間にまで広がった領域、が無数にあるわけだ。X線天文学の創始者の一人、リカルド・ジャコーニは、その(疑いなく偉大な)功績により2002年のノーベル物理学賞を受賞した。初の宇宙X線源発見から半世紀後のことだった。

実は、ジャコーニらが初の宇宙X線観測を行った時、研究者自身、あまり大きな期待はしていなかったと聞く。ただ、どんなものか見てみたく、その冒険的観測に対して、何とか予算を獲得したらしい(宇宙X線観測は大気圏内では不可能のため、相応のコストがかかる)。その結果としての大発見には、彼ら研究者自身が誰よりも驚いたかもしれない。

これは筆者の大胆な憶測だが、重力波観測という野心的プロジェクトに生涯をかけた科学者たちこそ、得られた結果に、よい意味で驚いたかも知れない。X線天文学の誕生時と異なり、宇宙に重力波が存在すること自体はほぼ確実視されていた。しかし、検出可能な天体現象がどれくらいあるかは、大胆な(おそらくは楽観的な?)予測を別にして、誰一人知らなかったことは疑いない。何と言っても、中質量ブラックホール種族について、天文学者はほとんど何も知らなかったのだから。おまけに、重力波天文台が計画され始めた1990年代、高エネルギー宇宙についての人類の知識は、現在とは比較にならないくらい乏しかった。当時、重力波天文台計画は、本当に野心的なものだったと言ってよい。

20年前に重力波天文台計画を建てた先駆者に、お祝いの言葉を贈るとともに深い敬意を表したい。そして、私たちにこれほどの知的興奮を味わせてくれたこと、先見の明と忍耐努力とリスクを取ることで人間に何が可能かを示してくれたことに心からの感謝を捧げたい。


(坂野正明、2017年10月20日(英語原文)、2017年10月22日邦訳)


後注1
[2017-10-23追記] ライゴの場合、発見速報を非公式配信する協力天文台との間で、事前に秘密遵守契約を結んでいるため、この件だけ特別に箝口令が敷かれたのではない(三原建弘氏による)。ただ、このGW170817に関しては、上手の手から水が漏れるかのごとく、噂が流れるのを止めることは無理だったようだ(ブログ"In the Dark"の一記事[英語]に詳しい)。重力波源の検出の1週間後には、ネイチャー誌にも「噂」記事が掲載されたくらいだから、半ば公然の秘密だったかもしれない。公への正式な発表は検出の2カ月後だった。
後注2
[2017-10-23追記] 参考: 主論文[英語]。共著者3500人超、70の天文台の共同研究。専門家向けレビューは、例えば "Welcome to the Multi-Messenger Era! Lessons from a Neutron Star Merger and the Landscape Ahead by Brian D. Metzger" (B. D. Metzger 2017)。

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