クライミングの難易度


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フリー(ロック)クライミングの難易度

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概観

登攀の世界においては、色々な難易度(grade; グレード)が使われます。 たとえばアルプスなら、あるルートがどれくらい難しいかは、季節や天候、 アプローチなどにも激しく左右されますから、一概に言うのは簡単では ありません。しかし、ある程度の基準で難易度が定義されていると、 目安にはなります(そもそもそのルートを目指すかどうかの)。

岩登り(ロッククライミング)の場合は、難易度は比較的定義しやすいものです。 雪の状態によって激しく難易度が変わり得る雪稜のルートなどに比べれば。 ただ……、世界中、場所によって異なる難易度の定義が採用 されているのが悩みの種ではあります。フリークライミングでは、 メジャーなのは、アメリカ式(American; 日本では、主にこれ)、フランス式(French; 欧州全般)、オーストラリア式(Ewbank式)、英国式などあります。以下、フリー クライミングの難易度(グレード)について解説します。

多くの難易度は何らかの形で数字を含んでいて、数字が大きいほど 難しいルートを表します。 最も単純なのはオーストラリア式で、単に数字で表します。 グレード 1 ならばごく簡単、10 ならば難しく、30 ならば相当に困難、 というように。フランス式もそうですが、6a などと、a〜c のアルファベット も使って表します(a が一番易しく、cが最難)。 たとえば、F6a, F6b, F6c, F7a ……と難しくなっていきます。 加えて、(F6a 以上の場合)中間の難易度として、F6c+ などと「+」を含めた 表現も使います。F3c ならばかなり簡単、F9a を登れたら有名人です。 一方、米国式は、フランス式と似て数字とアルファベットを使いますが、 (実質上)前に「5.」という数字がつきます。 たとえば 5.7 は比較的簡単、5.15a を登れたらヒーローです。 米国式の場合、a〜d まで 4段階で細分化するのが普通、たとえば、5.11a〜5.11d という感じです。

ここで、米国式の場合、最も難しい 箇所がどれくらい難しいかという基準に純粋に依っている、と聞きます。 たとえば、(例: 中指一本に頼って越えなければいけないような)ある難しさの 場所が 3秒で越えられる長さでそれ以外は歩いて登れるようなルートも、 最難の場所は同じで、かつその後もごくわずか簡単なだけの(例: 中指一本と小指一本 に頼らなくてはいけないような)難しさが 10m も持続する ようなものも、米国式の難易度は同じです。一方、オーストラリア式やフランス式 ならば、後者の方が前者よりも高い難易度が与えられます。 ただ、最近は米国式でも、オーストラリア式のように、全体の難しさを考慮 する場合が増えてきているようです — つまり、ガイド本や地域(やあるいは 時代?)によって難易度の意味が異なる状況のようです。

英国式難易度

フリークライミングの英国式難易度は他と違う独特の方式を取っています。 英国の岩登りと言えば、伝統登攀(トラッド; trad)なので、それに もっともあった難易度が考案され、使われてきた、ということでもあります。 (英国人以外では)敬遠する人が少なからずいる、と噂を聞きますが、 個人的には、伝統登攀の難易度としては、この英国式は、情報量が多く、 喉から手が出るほど欲しい情報が含まれている、という意味で、 世界最高だと思います。

さて、まず、英国式難易度(British grade)は、オンサイト・グレード、 つまり、オンサイトで登ることを前提とした難易度です。 他の方式は、レッドポイントを前提にしています(レッドポイントは、 ルートをどのように何回試しても(落ちても)いいが、最終的に下から 上まで落ちずに一気に登り抜けること; 要するに好きなだけ練習していい)。 英国の場合、初めて登るように、というのがそもそものコンセプトであると いうのがひとつ、また、ボルトを使わないので、そもそも落ちるのに リスクが伴う、というのがそれ以上の理由でしょう。 それに加えて、英国式では、難易度は 二つの値、形容難易度(adjectival grade)と技術難易度 (technical grade)で表されます。前者は、そのルート全体の難易度 を表したもの、後者は、ルート中、最も難しい場所(=核心)の技術的 困難さを表します。 このサイト上でも頻繁に登場する VS 4c などの用語で、前者が 形容難易度、後者が技術難易度です。 たとえば、核心の技術的困難が同じでも、それと同じか少し易しい程 度のかなりの困難の場所が連続するルートと、核心以外は余裕のよっ ちゃんのルートでは、違った形容難易度が与えられるでしょう。また、 ナチュラルプロテクションが前提なので、どれほど信頼できる中間支 点をセットできる(可能性があるルート)か、つまり安全性も大きな要 素です。たとえばのっぺらぼうの岩の表面を登るルートならば、中間 支点が取れない危険なルートになるので、技術的困難さが同じでも、 高い形容難易度が与えられます。 また、たとえば、ルート途中に、ジャンプ(「dyno(ダイノ)」といいます) して、手がかりを掴まなければ登れない場所があって、しかもその手がかり は下から登っている最中には隠れていて見えないもの、とします。ただし、 一旦、その場所さえ知っていれば、ジャンプしてそれを掴むのは技術的に 比較的容易としましょう。 この時、レッドポイントを前提にしている米国式などの場合、比較的低い 難易度が与えられるでしょう。一方、オンサイトが前提の英国式の場合、 極めて高い難易度が与えられるに違いありません。想像してみて下さい、 地上 20m の垂壁の真中で、あるかどうかも不確定な手がかりに対して ジャンプしなくてはいけない — つまり、期待に反して手がかりが なければ落ちる、という状況を。
英国式難易度 (形容難易度)

以下が、 形容難易度(adjectival grade)を、簡単な方から並べた表です。

英国フリークライミングにおける形容難易度
略記 名称 直訳
E Easy 易しい ほとんど使われることはない
M Moderate まあまあ
D Difficult 難しい
HD Hard Difficult 困難で難しい 使われないことも多い
VD Very Difficult 非常に難しい
HVD Hard Very Difficult 困難で非常に難しい
MS Mild Severe 少々厳しい 使われないことも多い
S Severe 厳しい
HS Hard Severe 困難で厳しい
MVS Mild Very Severe 非常にとは言えないまでも厳しい 使われないことも多い
VS Very Severe 非常に厳しい
HVS Hard Very Severe 困難で非常に難しい
E1 Extreme 1 極端(に厳しい) 1 Extremely Severe の略
E2 Extreme 2 極端 2
Extreme …
E11 Extreme 11 極端 11 2007年冬現在の最高難度

現実には Easy は使われることはまずありません(易しすぎて 登攀ルートとは見なされない)。特に、そのために E の略記法が使われることは ほぼありません(Extreme の略号と紛らわしいため — もっとも、 見かけたことがないわけではありませんが)。 HD, MS, MVS も使われないことが多いです(地方にもよります)。 ガイド本によっては、HVS-、E2+ などとさらに細分化して いるものもあります。

表記としては、M や D では短過ぎて混乱を招く虞がある時には、 Mod、Diff、VDiff, HVDiff, Severe などがよく使われます(し、口語でも そう発音されること少なくありません)。VS (HS, MVS) と HVS とは、 文字通り短縮表記(発音)されることの方が一般的という印象です。 一方、Extreme は、ほぼ必ず数字と一体のこともあり、現実には Extreme と綴られる(発音される)ことはまずありません。例外は、 HVS以下と対比させて E1 以上の難易度の総称として使われる時です。

この難易度が最初に制定された頃(20世紀初め?)には、Difficult (難しい) と されたからこそ、そのようになっているわけですが、現実には Difficult の ルートは、現代ではそう大したことはありません。恐怖感をどう克服するか 次第ですが、技術的には、大抵の人がさくさく登れる程度の難易度です。 今まで見てきた印象では、素人でも Severe までは登れる人が多いですね。 運動神経がよければ、(ルートにも大きくよりますが)素人でも Very Severe までは 落ちずに登れても驚きません。

英国式難易度 (技術難易度)

技術難易度(technical grade)は、易しい方から
  3c, 4a〜4c, 5a〜5c, 6a〜6c, 7a〜7b (7b が現在の最高難度)
となります。これが、そのルート(正確にはピッチ)中で技術的に最高難度の ムーブ(一動作)の(オンサイトでの)難易度を表します。

これは見かけ上、フランス方式とそっくりですが、意味は 異なります! 区別する場合は、フランス方式を F6a などと表します(英国では)。なお、フォンテンブロー(地名)の ボルダリング難易度は、「(Font) 6a」などと書き表し、これまた意味が 違います。実に紛らわしいですね。

これら「英国式」は、一般に、 「伝統的」クライミング (trad(itional) climbing; 「トラッド」)のルートでのみ用いられます。 スポーツクライミング(ボルトが打たれたルート)のルートや屋内クライミング では、英国では、フランス式が用いられるのが一般的です。その場合、 支点の取り方による危険度が存在しないので、確かにフランス式(など)の方が 英国式より妥当でしょう。

英国式難易度 (形容と技術難易度の対応)

以下が、英国岩登りの難易度の二つの指標、 形容難易度と技術難易度との標準的組合せの対応表です。

英国フリークライミングにおける形容・技術難易度の標準的組合せ
形容難易度 技術難易度
Easy〜VD 通常、表記なし
HVD 〜3c, 4a
S 3c, 4a, 4b ガイド本によっては、表記なし
HS 4a, 4b 湖水地方決定版ガイド本では、表記なし
VS 4b, 4c, 5a 稀に 5b あり
HVS 4c 〜 5c 6b まで見たことあり
E1 5a 〜 5c 6c まで見たことあり
E2 5b 〜 6a
E3 5c 〜 6a
E4 5c 〜 6b
E5 6a 〜 6c
E6 6a 〜 7a 7b まで見たことあり
E7 6b 〜 7a
E8 6b 〜 7b
E9 6c 〜 7b
E10 7a 〜 この難易度は 2007年秋現在、数個しかルート無し
E11 7a 〜 この難易度は 2007年秋現在、1つしかルート無し; E11 7a

上述した通り、実質的に使われる技術難易度のうちで最も易しいものは、 3c または 4a です。形容難易度にして HVD (Hard Very Difficult) やそれより 易しいルートでは、技術難易度が、この最低線に達しない場合が少なくありません。 その場合、ガイド本において、技術難易度は表記されません。 また、多くのガイド本では、 3c (ほどの易しい難易度)なら、あるいは時には 4a でも、 技術難易度は省略されることが珍しくありません。

また、 上の表ですぐ気付く通り、 異なる形容難易度に対して対応する技術難易度には大いに重なりがあります。 上で軽く触れていますが、 ここに英国の難易度方式の真髄があります。

まず、端的には、 形容難易度が同じ時、技術難易度が低いルートは、危険(つまり (「ナチュプロ」の)中間支点 が取りづらく、落ちると危険)か、その難易度が長く続くルートです。 逆に技術難易度が高いルートは、安全か、その難易度が要求される場所が スポット的(で、多分安全)なことを意味します。 念のため、「安全」というのは、その 難易度を伝統登攀のスタイルで登れる人ならば、仮に落ちても、死んだり 1カ月 の入院が必要となるようにならない程度には、十分な中間支点が取れる、という 意味です(踵の骨折くらいは勘定されていないようです……)。 無論、伝統登攀で中間支点を取るには、相当の専門技術が要求されますから、 その技術無しに向かえば、どんなルートでも危険です。

というわけで、E1 5c という ルートもあれば(ハードだけど安全?)、E2 5b(相対的に易しいけど危険)という ルートも存在するわけです。もしトップロープなどで安全が確保された上で 登るなら、技術難易度から判断して、おそらく後者の方が易しいはずです。 一方、リードするなら、後者は悪夢になりかねません。

上述の対応表は、その中で 標準的と思われる組合せをまとめたものです。 現実には、各形容難易度につき 技術難易度がこれより一つ上下のルートは稀に存在します。 たとえば、有名な (Froggatt Edgeの) Sunset Slab と いうルートは HVS 4b です — つまり、(HVS という形容難易度に しては)非常に低い技術難易度(4b)が与えられています。同ルートは、 最後の中間支点がルートのほぼ半ばに取れて、しかもその中間支点は あまり信用できない、にも関わらず、核心(最も難しい場所)が最上部にある、 というしろものです。 だから、核心で落ちたら、地上まで落下する可能性が相当ある、という次第。 実際、あるガイド本には、 この伝統のルートが、医学の教科書に素晴らしい骨折の見本を提供してきた (Medical students should note that this classic route has been the cause of some marvellous textbook examples of fractures. - in Froggatt, Peak Climbs Volume 3, 1991, BMC (Distributed by Cordee), ISBN: 0903908867, pp.253) と書かれています。一方、HVS 6a というルートもたまにありますが、 そういうルートの多くは、核心が地上すぐ上なので、落ちても、 入院するほどの怪我は負わない、というものですね(踵の骨折は勘定に入らない)。

ここまで、1ピッチのルートだと暗黙のうちに仮定してきましたが、これが マルチ・ピッチだと、形容難易度はルート全体で一つ、技術難易度は ピッチごとに与えられます。たとえば 3ピッチのルート HVS 4a,5b,4c など。 この場合、よほど持久力が要求されるようなルートでない限り、 ルートの形容難易度は最高難度(または危険度)のピッチが基準になるのが普通です。

各国式難易度の対応表

概観」の項で述べたように、 世界各地でそれぞれ違った(フリー)クライミングの難易度が使われています。 以下が、その「大雑把な」対応表です。 なお、気をつけるべきは、 上述したように 難易度算定の基準がそもそも違うので、厳密な対応つけは不可能ですし、 意味ありません。そのことを意識した上で、御覧下さい。

各国岩登りの難易度比較表
英国(形) 英国(技) UIAA 仏国 米国 豪州
M I 1 5.2 5
VD III 3 5.4 7
S 4a IV+ 4 5.5 11
VS 4c V+ 5+ 5.8 14
HVS 5a VI- 6a 5.9 17
E2 5c VII 6b+ 5.10+ 20
E5 6b VIII+ 7b 5.12 25

上の表にある通り、 たとえば、(英国式) HVS は通常、米国式 5.8/5.9 くらい と言われます。しかし、HVS 4b というルートならむしろ 5.6 くらいでしょうし、 あるいは HVS 6b というルートならむしろ 5.12 がふさわしい対応でしょう。 逆に言えば、英国で HVS というルートを見た時、あぁ、5.9 か、と単純変換して 無闇に突っ込むと痛い目にあうかも知れません。 ちなみに、米国式 5.6 なら、それなりの運動神経の人なら初心者でも登れますし、 一方、5.12 を登れる人は地域のクライミング大会の表彰台の常連のレベルです。 なお、上記 で述べた原則に基づくと、 英国の技術難易度と米国式難易度との相関は、大抵の場合そんなに悪く ないはずです。しかし、現実には、英国の形容難易度を米国式難易度と 相関づけようとする人が多く見られるように感じます — どれほど 意味があるか僕は疑問ですが。

各国式難易度の対応表(外部リンク)
http://www.snowdonia-adventures.co.uk/information/climbing-grades.html">
コメント: HTMLの表形式。 英国難易度の幅の広さという意味で、筆者の印象では、最も正確。 ただし、豪州式の特に易しいルートでの対応関係はどうか?
http://www.rockfax.com/publications/grades.html
コメント: 画像形式。筆者の周辺で最もよく見かけるもののひとつ。 ただしそれは、RockFax のガイド本がポピュラーだから、というのが 理由と思われる — つまり、この対応表が正しい保証はない。
http://www.planetfear.com/article_detail.asp?a_id=149
コメント: HTMLの表形式。英国では古典的な表?
http://www.mountaindays.net/content/articles/gradesrock.php
コメント: HTMLの表形式。
http://www.ukclimbing.com/databases/crags/comptable.html
コメント: HTMLの表形式。上記の中で最も様々な難易度形式を扱っている。 同ページ内の http://www.ukclimbing.com/databases/crags/grades.html も有用。

英国式難易度の実地感覚

クライミングの話では、いつも難易度が出てきます。しかし 知らない限りぴんとこないかと恐れます。以下、英国式 岩登りの難易度について、それぞれがどんな感じか、 感覚的な解説をしてみます。

(初心者の)フォローの場合

まず、岩登りに初めて行った人が(フォローまたはトップロープで)登るのは、 Diff(icult) (UIAAでII級) から Severe (米国式 5.5) 程度が普通です。 運動神経のいい人なら、VS 4c (米 5.7程度) までは何とか落ちずに登れるかも知れませんが、普通はよくて落ちる、あるいは 登れないものです。HVS (Hard Very Severe) 5a (米 5.8〜5.9) や それ以上になると仮に登れたとしても(運動神経のいい人でも)何度も落ちるのは 当然で、もし最終的に上まで登り抜けられたら拍手喝采です。そして、 Extreme つまり E1 以上になると、初心者・初級者には実質上不可能になります。

リード初級者の場合

次いで、(初級者が)リードを始める場合、Diff(icult) (UIAAで II級くらい)や VDiff から始めるのが推奨されています。 初心者でも一般論としては(緊張はするにしても技術的には)ほぼ苦もなく登れる程度。 理由は、とにもかくにも中間支点をちゃんと取れる技術を身につけない ことには永久に安全な登攀は不可能で、その技術は、自分に余裕のある 状態、つまり易しいルートを登る中で習得すべきだからです。仮に中間支点を セットしても、それが実は信頼できないものだったなら、そしてもしそこで 落ちたら、地上まで落下する可能性があります。 だから、自分の技術に自信が持てるようになる までは、絶対に落ちないレベルのルートを登るべきです。

加えて、慣れないうちは、しっかりした中間支点を取るのに相当の 時間を費やさざるを得ないことが多いものです。また、力の抜き方、 うまくスタミナを温存する仕方もまだよく分かっていないでしょう。 めまいしそうな高度感にめげずに、こわばった腕で時には 長時間ぶら下がりながら中間支点をしっかりとセットするのは、 楽ではありません。もし自分の限界に挑戦していれば、 腕や体がそれだけ疲れてしまった段階で、完登は望み薄、つまり 落ちる可能性が現実のものとなります。この点で 単に登ればいい、というフォローの立場とは決定的に異なります。 だから、リードを始める場合、この難易度から始めるのが推奨されて いる次第です。

なお、普通落ちない、とは言っても、ルートとその人の相性に よっては例外もあるので要注意です。VDiff になると、一箇所くらい オーバーハング(バルジ)があってもおかしくありません。 有名なキュウリン・リッジ(Cuillin Ridge)縦走の核心は VDiff のオーバーハングですが、 初登時にリーダーは落ちたと聞いています。 僕も(雨の日だったとはいえ)あるルートの Diff の核心のオーバーハングで 落ちたことが一度あります……。

年に数日登るか、というクライマーなら、何十年も (リードなら)この難易度までで登り続けるかも知れません。実際、岩場に行った時、 この難易度のルートだと先に登っている人がいる可能性が少なからずあります。 一般に、難易度とルートの質(どれくらい楽しいか)とには必ずしも 相関はありません。つまり、この程度の相対的に易しいルートでも素晴らしい ルートはたくさんありますから、本人が楽しんでいればそれで大いに結構です!

リード初級者の登龍門

初級者リーダーの最初の壁は、Severe でしょうか。Severe になると、少し怖く、 文字通り厳しいルートになってきます。実際、Severe になると、 フォローであっても、初心者の顔つきが変わりますし、落ち始めます。 長く登っている人でも、Severe までしかリードしない、という人は少なくありません。大学の登攀部でも Severe のリードに達するどうかは、一つの壁です。

次の壁は VS (Very Severe) でしょう。Severe は、「少し怖い」という程度ですが、 VS になると、「本気で怖い」厳しいルートになります。運動神経のいい初心者 の(セカンドする)場合でも、VS になると、それなりの確率で落ちます。 逆に言えば、それなりに 訓練を積んだ人でもリードだと落ちる可能性がでてくる、ということです。 そんな中、ただ必死で登るだけでなく、途中、しっかりとした中間支点を セットしながら登る必要がありますから、精神的にも持久力的にも技術的にも 高度になってきます。

端的には、VS ならば、ちょっとしたオーバーハングの 場所でぷるぷる震える片腕で体重を支えながら、 もう片腕でナッツなどの中間支点をセットする必要があっても 驚きません。(VSなので)さすがにホールドもスタンスもほぼ完璧なことを 期待するとはいえ。だから、VS を登れるリーダーは、相応の力が 必要です。大学のクライミング部でそれなりに意欲ある人が 2〜3年かけて このレベルに到達できるかどうか、というのが普通のように見受けられます。

伝統登攀ではとにかく落ちたくないので、それもあって、VS まで登ると、 本気で垂壁を登った、という充実感がでてくる、と言ってもいいかも知れません。 また、大抵の岩場では、VS のよいルートはありますが、しばしばそれより 易しいルートがなかなか無かったり、あっても(ルートの)質に疑問があったりします。 つまり、VS は、岩登りを大いに楽しむことができるための登龍門と 言えるでしょう。

リード初級者の壁

VSの次の壁が HVS (Hard Very Severe) なのは、ほぼ異論がないところです。 かって(数十年前)は、HVS を 登れるのはエリートだけでした。今では、長く登り続ける人なら、HVS まで 登って終わる、という人が大勢のようです。HVS では易しい ルートはそう難しくありませんが(ただし、支点に問題があって落ちたくは ないものになります)、最高難度の HVS は、おそろしく困難になります。 そういう意味で、難易度に最大の幅があるのは、HVS でしょう。つまり、 HVS の易しいルートなら登れる人と、HVS ならほぼ間違いなく登れる人との 間には、大きな差があります。

また、HVS のルートの少なからぬ数が、 「歴史的な」理由で HVS になっているようにも感じます。つまり、ずっと 昔に初登された伝統のルートが、長らく HVS となっているため、 今も難易度が変化していない、という次第。 実際、ガイド本でさえ、ある HVSのルートの説明として、 「HVSにしてはハード? これは伝統のルート、何を期待してらっしゃる?」 なんて表現を見かけたことがあるくらいですから。

クライマーの一般的傾向として、自分が登れたルートは、 低めの難易度をつけたがります。自分が登れた以上、 難易度は○○と主張したくなる、そんな傾向が最も顕著に 顕われている、それが HVSなのかも知れません。 英国に来て HVSのルートがあった時、初登が何十年も前ならば、 心してかかった方がいいでしょう。

リード中級者の壁

上で解説した ように、英国の難易度(のうちの形容難易度)は、 HVS までは通常の言葉、つまり形容詞の苦心の(?)組合せで 表されています。しかし、ある難易度、つまり "Extremely Severe" (極端に厳しい)から 上になると、ネタが尽きたのでしょう、E1、E2 などと数字も 組合わせて難易度表記されます。VS または HVS が最高難易度だった 昔はそういう問題はなかったのが、クライマーの 水準が向上した結果、「最高の」難易度の中の差が大きくなり 過ぎたのが問題になったということだと容易に推測できます。

だから、"Extremely Severe" の難易度とされる ルートは、昔なら最高級に難しいとされていた(だろう)もの、 もしくは単に不可能だったものです。 (フリー)クライミングの用具が発達して昔よりずっと安全にまた容易に 登れるようになり、また技術水準の向上も目覚しいとはいえ、 昔なら全国的に一流のクライマーでも登れるかどうか、という 難易度のルートを登るのは、現代の日曜クライマーにとって 厳しい挑戦になるのは当然のことです。

というわけで、E1 が岩登りの英国難易度の中で 最大の壁だと言う人が少なからずいます。少なくとも精神的には それは的を射た表現でしょう。 実際、この "Extremely Severe" をリードするのは、 現代のクライマーにとっても、一つの、あるいはしばしば最大の一里塚に なります。生涯記憶に残るような。 E1 ともなれば、運で登れる難易度ではありませんから。 (例外はあると稀に聞くものの)才能だけで登れる難易度でもありません。 だからこそ、E1 をリードする気になるほど上達している、という 事実ひとつを取っても、その人がそれまで相当の時間と努力とを クライミングに費やしてきたことは疑いありません。 一里塚になるのも道理です。

ただし、 前述したように、 (E1 の下の) HVS は非常に幅の広い難易度のため、 HVS の中の難しいものは E1 と大きく重なっている様子です。 なので、HVS を確実に登れる人なら、E1 の全てとは言わないまでも 大半を登ることができるでしょう。一方、HVS のうちで易しいものは 運や才能でも登れてしまえるので、そこが違いです。

そういう意味で、「HVS をリード(したことがある)」と 「E1 なら大抵リードできる」との間には、非常に大きな開きが あります。 一方、E1 から上は、しばらく難易度間の開きが小さくなります。 「E1 なら大抵リードできる」人は相当の数の E2 をリードできる でしょうし、E3 でもリードできるルートがそれなりにありそうです。 また、E1 を登れるくらいまで努力した人ならば、その努力を 継続していくことで自然に難易度の階段を上がっていくという 側面もあるため、E1 から E3 や E4 への上達は比較的自然に進むようです。

リード上級者の壁

第90号で解説したように、 岩登りの難易度においては E1 が大きな壁で、その上は E4くらいまでは 比較的スムーズに上達すると見なされています。もちろん、 クライマーが不断の努力を怠らない、という条件つきで。 逆に言えば、E5 が次の壁という点では相当の意見の一致があるという 印象です。僕自身、2009年現在、E4 のオンサイトを狙って いますが……、E5 はまだ手に負えないと自覚しています。実際、 E5になると、セカンドで登るのでさえ僕には大変ですから。

岩場に出かけても、E5 のルートをリードしている人に お目にかかることは稀です。E5 をオンサイトで登れたら地域のヒーローですね。 女性で E5 をリードできたら一流でしょう。 男性でも、もし E5 を確実にオンサイトでリードできるならば、 それは一流の水準と言っていいでしょう。

E5 は、米国式ならば大雑把に 5.12 に相当します。 スポーツクライミングでもこれは大きな目標でしょうし、 まして伝統登攀(トラッド)ならなおさらです。 実際、「How to climb 5.12」(仮訳: 5.12の登り方)という クライミングの(有名な)教科書(@米国)もあるくらいです。

その次の壁は E8 という印象です。 このレベルになると、英国でオンサイトされたのは、まだ数えるほどしか 例がありません。 もしあなたが E8 をオンサイトできたら、雑誌の表紙を飾るでしょう。 女性ならば、スタイルを問わず E8 をリードできればニュースになります。

そして、E9 がトップクライマーの証です。 E9 になると、二登どころか四登でも五登でも、記録と人々の記憶に 残ります(五登もされた E9 は片手の指に満たないはず)。 E9 のオンサイトは、(英国で)まだひとつか二つ程度だと思います。

2009年末現在の英国最高難易度は E11 ですが、その難易度のルートは 依然 1本 (Rhapsody)のみです。 ただし、同ルートを初登した Dave MacLeod は、 それよりずっとハードな ルートを 1本(Echo Wall)初登した後、難易度を与えていないので、 それは潜在的には E12 でしょうか。ただし、E11 (もしくはそれ以上)のルートは 同氏の登ったその 2本だけですし、第一、E10 の(確定もしくは ほぼ確実な)ルートも片手の指で数えられるほどしかないので、 この辺はまだまだ不確定なところです。僕のような定命の人間には 夢のまた夢ですが。


冬期登攀(アルパイン・クライミング)の難易度

目次

スコットランド(英国)式難易度

岩登りのフリークライミングに難易度があるように、 冬期登攀やアルパイン・クライミングにも各種の難易度が存在します。 ただし、比較的客観的な難易度設定が可能な岩登りに比べて、 冬期登攀では、環境や自然状況によって実際の困難さは大いに変わってくるので、 注意が必要です。極端な話、もしルート中の滝が凍っていなければ、 氷壁登攀は不可能なので、その状況での難易度はいわば無限大になる、 というわけです。

冬期登攀でも、例によって世界中にいくつもの種類の難易度が存在していて、 スコットランドにも冬期登攀用の独自の難易度 Scottish winter grade (スコットランド冬期登攀難易度)があります。 なお、スコットランドと名はついているものの、実際は英国全土、つまり 湖水地方やウェールズでも標準的に使われている難易度です。

岩登りの英国式難易度が、形容難易度と技術難易度との組合せで 表されるのと同様に、スコットランド冬期登攀難易度も、 ルート全体として総合的に見てどれほど困難か(Overall difficulty, Seriousness) という点と、技術的に最も難しい場所がどれほど難しいか (Technical grade)という点の 二点で表されます(なお、後者は比較的最近になって確立された システムです。だから、昔のガイド本には前者しか載っていません)。

前者は(大文字の)ローマ数字で表され、後者は通常のアラビア数字で 表されます。一例として、IV 5 という感じになります。 目安としては、ローマ数字とアラビア数字が一致するのが最も標準的な 組合せとされます。たとえば、IV 5 であれば、IV にしては 難しい箇所が存在するものの、その箇所は短いかあるいはごく安全か、 もしくはその両方だと予想できます。

以下、難易度の大雑把な目安の表を掲載します。

スコットランド冬期登攀の難易度
難易度 説明
形容難易度 (Overall difficulty [grade])
I 易しい(岩の)稜線歩きか、傾斜角 45度程度の雪のガリー(ルンゼ)。きのこ雪はあるかも。
II I の中に相対的に難しい箇所、たとえば短い氷のピッチや岩壁が含まれるもの。稜線なら、夏なら易しい歩登攀になる程度の難しさ。
III II よりも困難で、ミックスのルートなら、夏なら Moderate 程度の難しさになるもの。
IV 氷なら傾斜角 70度までの長いピッチか、短い垂直の氷壁を含む。ミックスなら夏の Difficult から Severe に相当するもので、トルキングなども必要になってくるもの。
V 氷なら傾斜角 70度以上の長いピッチに垂直の氷壁まで含まれる。ミックスなら最難で夏の Very Severe に相当するものまで含まれる。
VI 氷なら垂直の氷壁が長く続き、また氷の質もよくない可能性が少なくない。ミックスなら夏の Very Severe に相当。
VII〜 さらに困難。2008年現在で、XI が最高難度。
技術難易度 (Technical grade)
1〜2 通常、使われない (省略される)
3 傾斜角 60度までの良質の氷。支点も十分なものが取れる。
4 傾斜角 70度までの良質の氷。
5 傾斜角 80度程度の氷壁。レストは取りにくく、氷の質も良くない可能性があり、支点も取りにくいかも知れない。
6 傾斜角 90度の氷壁。体力が要求され、確実に支点を取るのはさらに困難。
7 長い氷の垂壁で、氷の質もおそらくよくない。支点を取れる場所は限られる。
8〜 さらに困難。2008年現在で、11 が最高難度。

(参考:) The international handbook of Techinical Mountaineering (Pete Hill, 2006, David & Charles, ISBN-10: 0-7153-2166-8)


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まさ