懸垂下降


「初心者へ懸垂下降をどう教えるか?」

(2006/02)

ある初心者の懸垂下降の時、フレンチ・プルージックでバックアップを取ったが、 一緒にいた経験者の友人は、初心者にプルージックでバックアップを取らせるのは好きでない様子。と いうのも、注意が 2カ所に分散してうまく懸垂下降ができないことが多く、かつ、 プルージックがもつれたり、最悪、下降器に絡まることがしばしばある、と。

後者は、(フレンチ・プルージックでなく)普通のプルージックを使うことが問題 なのでは、と反論した(下降器に絡まったりするのは、セット自体がお話になっ てない)。一方、前者は確かに一理ある。特に、11mm ロープ 2本で懸垂する時な ど、摩擦は確かに非常に大きいと言っていいので、うまく体重をかけたり、ある いは、ロープを下降器に出してやるくらいのことが必要になる。

死者の数(割合?)で言えば、クライミングの最中よりも、懸垂下降の方がずっと 危ない、と聞く。実際、一般にバックアップが少なくないクライミングよりも、 一つの間違いが命取りにつながる懸垂下降の方が危険なのは納得できる。だから、 バックアップがない状態での懸垂は僕は避けるべきだと思う。一方、下に人がつ いて上を見ていられる状態ならば、万一懸垂下降中の人が落ちても、下からロー プを引くことで、止めることができる。だから、初心者に最初に教える場合は、 それ(下に人がついていること)を保険として、プルージックなしで始めた方が 「教育的で」いいかも知れない、と僕は考え直したところだ。--- 懸垂下降に慣 れたところで、バックアップを教える、ということで。

いかがだろうか?


「懸垂下降の方法論」

(2008/06/18)

僕は、登山では、なにごとであれ、100% 常に適用できるものはない、 と思っています。状況次第で最善のやり方は変わり得る、と。 とはいえ、多くの場合に適用できる一定のガイドラインはありましょう。 以下、僕の意見としての懸垂下降に関する一般的ガイドラインを 書いてみました。

プルージック

以下でいう「プルージック」とは、「プルージック(prusik)結び」に 代表される、それに類する結びの総称とします。英語なら、autobloc とも 時に称されるもの(注*)。 たとえばヘッドオン(Klemheist; 巻結び?)や バッハマン(Bachman)を含みます。その代表格がいわゆる「プルージック (prusik)結び」です。

なお、この用語の使い方は非常に混同を招くので僕は嫌いなのですが……、 他にいい用語を知りません。御存知でしたら僕までお知らせ下さい。

注(*): autobloc は、 後述する French prusik の意味で使われている場合も時に見かけます…… 一層、 混同してしまいます……。

プルージックの利点

最近は僕は、懸垂下降では(プルージックは)必ず使います。仮に自分の技術が完璧で あってさえ(←あり得ない)、たとえば落石に打たれて意識を失う可能性も ありますし、何が起こるか分かりませんから。 というか、懸垂下降自体、可能な限り、避けています……。クライミング よりずっと怖いと感じます(実際、統計上、単位時間あたりの致死率(?)で 比較すれば懸垂下降の方がずっと高かったはず)。

実際、プルージックを使うことの利点は、単に懸垂下降中の 不慮の事故を防ぐだけでなく以下のような利点もあります。

  1. プルージック無しだと、セルフビレイを外してから懸垂下降を始める までの間が恐怖ですが、プルージックさえあれば、それも無くなります。

  2. 懸垂下降中、一時停止する時(たとえば支点の回収)、プルージックがあれば 余裕ですが、なければ、相当気を遣う必要があります。タイオフや それに類したことをするテクニックは色々あるとはいえ……、 プルージックさえあれば、そんな複雑なことは何もしなくていいです。

    なお、僕自身は、片手を離す以上のことをするなら、 プルージックを使った上に、さらにバックアップを取ります。

と、プルージック万歳というのが僕の意見ですが……、なにごとにも 例外はあり、たとえば、初心者に懸垂下降を体験してもらう場合は、 少し違う見方もあると考えています。詳しくは 「初心者へ懸垂下降をどう教えるか?」の項をどうぞ。

プルージックの結び

この場合の結びは、フレンチ・プルージックで決まりでしょう。 荷重がかかっている時でもスライドさせることができるのが 最大の利点です。

(注)
「山の用語集 (山どんの資料室)」 http://yamadon.net/yama1000.php?f=3311&s=%83w%83b%83h%83I%83%93 では、ヘッドオン = クレムハイスト・ノット = フレンチ結び とされていますが、これは誤りです。Klemheist (クレムハイスト) と French Prusik (フレンチ結び) とは結び方も性質も用途も決定的に異なります。 見た目、似てはいますがね。

プルージック用シュリンゲ (スリング)

プルージック用には、僕は 4mm のロープをシュリンゲにしています。 理由は、僕は 8.5mm の細めのハーフ(ダブル)ロープを使うことが多いからです (細いザイル用には、細いプルージック用シュリンゲが原則。 ガイドラインとしては、直径にして、4〜5mm の差をつける)。 シングルロープなら、5mm の方がいいでしょうね。完全におにゅーの ものよりは少し使ったくらいのものの方がよく効きます。 なお、ダイニーマ製は不可で、必ずナイロン製のものにします。 シュリンゲの長さは、僕は、シュリンゲにした時に片側が肘から中指の 第二関節くらいにしています。これも、使う径に依りますし、合わせる ザイルの太さにも依ると思います。

セット

プルージックを使う場合、プルージックは、下降器よりも下側に セットするのが原則です。上側にセットした場合、一旦、プルージックに 全体重がかかって、かつ荷重を外せない時、にっちもさっちもいかなくなる 可能性があります(そうなっても大丈夫なようにフレンチ・プルージック結び を使うのですが、それでもうまくいかない可能性は残りますから、そもそも 最初からそういう状況に陥らないようにする方が遥かに優れています)。

プルージックを使うと仮定して、大きく分けて、次の二つの方法が 一般的だと思います。以下、右手で懸垂すると仮定します。

  1. (A)
    • 下降器はハーネスの懸垂ループに(HMSカラビナ経由で)
    • プルージックは、ハーネスのレッグループに(環付カラビナ経由で)
    • 右手でプルージックとザイルとを握って、同時に懸垂も制御する。
  2. (B)
    • 下降器はハーネスの懸垂ループから(環付カラビナの)ぬんちゃく経由で (下降器側はもちろん HMSカラビナ)。つまり、下降器までの距離を 伸ばすことになる。
    • プルージックは、ハーネスの懸垂ループに(環付カラビナ経由で)
    • 左手でプルージックを握って、一方、右手はザイルを握って懸垂を制御する。

以下、思いつく限り、利点、欠点を列挙します。

(A方式の利点)
A-P1) プルージック無しに懸垂するのに比較的近い態勢で懸垂できる。
A-P2) 懸垂下降中、片手が自由になる。
A-P3) 万一、パニックになって懸垂の制御している手を離した場合、 プルージックが自動的に効いて止まる。
(A方式の欠点)
A-C1) ハーネスのレッグループは、そもそもそういう荷重を想定して デザインされていない。特に (BlackDiamond社の) Bod のような型の ハーネスでは、致命的でしょう。
A-C2) プルージックが効いて止まった時、頭からさかさまにひっくり返る 可能性があり、その場合、ハーネスが脱げてしまう可能性がある。
A-C3) プルージックを効かせて止まっている時、片足の太腿に全体重が かかるので、長時間その態勢でいるのは苦痛。
A-C4) プルージックを制御する手が懸垂を制御する手でもあるため、 プルージックに不要な大きな力が懸垂の間中ずっとかかる、つまり、 摩擦熱でプルージック用シュリンゲが傷む可能性がある。
A-C5) プルージックを制御する手が懸垂を制御する手でもあるため、 そのままでは、(下降器の摩擦が小さ過ぎる/大き過ぎる時に)懸垂下降の 制動を変更微調整するのが容易でない。
(B方式の利点)
B-P1) ハーネスのデザイン的に、無理ないセッティング。
B-P2) プルージックが効いて止まった時のバランスがよく、長時間 ぶら下がっていても、比較的快適。
B-P3) 下降器が体から離れているため、服や髪の毛が下降器に巻き込まれる 可能性がごく少なくなる。
B-P4) 懸垂下降中、プルージックに必要以上の力を加えなくて済む。
B-P5) (下降器の摩擦が小さ過ぎる/大き過ぎる時に)懸垂下降の 制動を変更微調整するのは比較的容易。
(B方式の欠点)
B-C1) 意図せずしてプルージックが効いてしまう(って懸垂が止まる)ことが ある。スムーズな懸垂下降には若干の慣れが必要。
B-C2) 懸垂下降中、両手とも使う必要がある。
B-C3) 懸垂を制御している手が(意図せずして)離れた時、パニックになって 反射的にプルージックを掴んでいる手を握ってしまう可能性がある。 その場合、当然、プルージックが効かなくなる。

以下、方式 AB とについてのコメントを述べます。

N-1) カラビナは、プルージック用と下降器用とに、原則、それぞれ別の ものを使うべきです。さもないと、三方向荷重がかかりかねませんから。 なお、B方式の場合は、(環付カラビナぬんちゃくの代わりに)シュリンゲを 輪ゴム結び(Cow's tail)などでハーネスに結びつければ、カラビナを 1個 省略できます。
N-2) 英国では、少なくとも伝統的には、A方式の方が一般的で、今でも A方式を使っている人の方をよく見かけます。しかしそれは、 A/B を比較検討した上で A方式を選んだというわけではなく、 単に A方式しか知らない、という理由が多いように見受けられます。 英国で最も「標準的」なクライミングの教科書に A方式が解説されている のも大きな理由でしょう。一方、最近の別の(ガイド向け)教科書では、 常に B方式にすべし、としているものもありました。
N-3) 僕自身は、大抵 B方式を使っています。 実質的には、上述した A-C1(B-P1), A-C3(B-P2) が決め手です。 但し、なにごとにも例外はあります。 たとえば、レスキューで、(意識のある)怪我人を横で支えながら 懸垂する状況ならば、A方式の方が優れているでしょう。片手が自由に なるので、その手で怪我人を支えられますから (一方、もし怪我人を背負うなら、迷わず B方式A-C2 が一層問題になるので)。 あるいは、途中でザイルの結び目を通過しなければいけない場合 (たとえば 50mザイルを 2本つないだ 100m懸垂)ならば、A/B方式の いずれでもなく、プルージックを下降器の上にセットしたくなります。 こうすることで懸垂下降中の結び目の通過が高速に(1分くらい?)できます。 ザイルの結び目の通過が必要な懸垂下降をするような状況は緊急時でしょう から、(安全な限り) 1秒でも早く下降したいでしょうし。

下降器

伝統的には、8環が幅広く使われていたと思います。 8環は、機械デザイン的に個人的には「好み」なんですが……、 僕は今はもう使っていませんし、今後使うこともほぼないと思います。 8環には以下のような欠点が思いつきます。

  1. 確保器としては、筒型確保器(伝統的には、ぶたっ鼻、シュテヒト環、 ATC環(ブラックダイアモンド社)に代表される類)に劣る。 ザイルを出すのが億劫。ダブルザイルでは使えない。などなど。
  2. 角度によっては、懸垂中、HMSカラビナのゲートを破壊する可能性がある (実際、それが原因の死亡事故も報告されている——「続・生と死の 分岐点」(Pit Schubert; 山と渓谷社)をどうぞ)。 これを完璧に防ぐには、2008年現在でも、DMMのビレイ・マスターを 使う以外になさそう。
  3. ダブルザイルでの懸垂時、ザイルがもつれがち。仮にもつれなくてさえ、 内側と外側とを見分けるのは極めて困難 —— 回収時に問題に。
  4. 正確な方向でザイルを通さないと、懸垂時にタイオフの可能性が増す。 正確な方向でザイルを通すことを考えると、ザイルを通して セットするまで、右手で懸垂する方向にセットされるか、左手の 方向になるか、分からなくなる可能性が少なくない。もちろん、 練習を積むことで、最初から一発で望んだ方向に通すことはできますが。
  5. 懸垂下降時、ザイルが金属に接している時間が長いので、 ザイルが熱で傷みやすい (と思います。この点、僕は確信ありません)。

最近の筒型確保器(たとえば ATC(BlackDiamond社)、ルベルソ(Petzl社)、 バリアブル・コントローラー(WildCountry社)などなど)なら、下降器としても 遜色ありません。どころか、特にダブルザイルなら、下降器としてさえ、 8環よりも優れている点が多いと思います。ならば、例えば山に行った時、 確保器と 8環との二つ持参するのは、重さの無駄でもあると僕は 思います。どうしても下降器が必要なら、ペツル社の Stop とか、 下降専用に作られた下降器を持参した方がいいのではないかと (「Stop」は、ダブルザイルでは使えませんが)。

懸垂下降時のザイルの扱い

ザイル末端の結び目

末端に結び目を作るには、大きく分けて二つの方法があります。

  1. (イ) 二つの末端を結びつける (8の字結びなど)
    利点
    回収時、ほどき忘れがない。
    欠点
    ザイルがからまりやすい。ザイルを必ず 2本同時に投げる必要がある
  2. (ロ) 二つの末端のそれぞれに 8の字結びを作る
    利点
    ザイルがからまりにくい。ザイルを 2本別々に投げられる。
    欠点
    回収時、ほどき忘れる可能性がある。

僕自身は、イ方式でからまるのが嫌なので、通常、ロ方式を使っています。 いずれにせよ、末端を 1m 以上残すのが原則と言います。

ザイルの投げ方

ザイルを投げる時には、束ねる時、輪にする方法と、フレークにする (flaking; 日本語表現は何でしょう??)方法とがあります。 後者の(フレークにする)方がいい、という説をしばしば聞きます。 一方、輪にする場合は、小さい輪、大きい輪と交互に束ねるのがいいと 聞きます。 いずれにせよ、

  • 空中で真ん中に結び目が作られないように末端を十分に残す
  • 一般論として、一気に全部投げるのでなく、半分や三分の一ずつ 投げる方が、投げたザイルがすっきりとする(ことが多い)

くらいは、多くの同意を得られるところでしょう。

ザイルの結び合わせ方

二本のザイルを結び合わせる時は、一般的には(もし二本のザイルの 径が同じなら)
ダブル・オーバーハンド・ノット」 (二重本結び?? —— 日本語名称を存じません)
が最良でしょう。岩角でひっかかりにくい(結び目が自然に上を向くから)、 十分強い、解く時にほどきやすい、という長所があります。 この場合、8の字結びは弱くなるので、だめです(再度通すやり方の方の 8の字結びなら強いですが、岩角でひっかかりやすくなります)。 伝統的には、ダブル・フィッシャーマン[もしくはダブル・フィッシャーマン+リーフ ノット]が使われていたように聞いています。 でも、岩角でひっかかりやすく、解きにくい[後者は相対的に 解きやすいけれど、結ぶ時に間違いやすい]、という欠点があります。

その他

上で少し触れましたが、「続・生と死の分岐点」(Pit Schubert; 山と渓谷社) の懸垂下降の章は、すばらしいです。もし未読でしたら、是非御一読をどうぞ。 「続」でないオリジナルの方も一読の価値あります。 多少、内容が古くなってはいるとは言え、温故知新ですし。


この文書について

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まさ