△第71号: マロリーのスラブの悪夢 (前編)
- 発行日
- 2008/05/06
- 発行者・筆者
- まさ (坂野正明)
まさです。
今回から 2回に分けて、先の 11月末に北ウェールズのエ・リエッズの北壁を登りに
行った時の記録をお送りします。晩秋の短い日照時間の中の 16時間の 登山は、僕の今までの登山経験の中で最も怖い思いをしたものに
なってしまいました。前編の今回はまだ「まし」だった登りの方、次回は 本気で怖かった撤退と下降の方です。
振り返ってみれば、登山で僕が一番怖い思いをしたのは、まだ登山(山歩き)を 始めて 2年目の梅雨開け時、雨の中、テントをかついで槍穂の大切戸を 縦走した時でした。濡れて滑りやすい、片側が 100m から切れ落ちている岩場を、 重い荷物を担いで、ザイルの確保もなく登り降りするのは大いに肝が冷えました。 ナイフリッジを文字通り匍伏前進した場所もあったものでした。 それと、その後の北穂高の稜線直下で堅く凍った急な雪渓をアイゼンもピッケルも ザイルの確保も無く降りるのが非常に怖かったのも、昨日のように思い出せます。
当時、怖い思いをしたのは、一言で言えば僕もリーダーも経験・技術および 装備が足りなかったからでしょう。今回は装備も技術も全く不足無かっただけに、 これだけ怖い思いをすることになったのは不覚です。結局、人為的ミスに多くの不運が 重なった結果だと今は分析できます。何はともあれ、無事帰ってこられたので いい勉強になりました。
ちなみに今回登ったルートは、今回の題名通り、有名なマロリーが 初登攀したものです。名前と歴史とに惹かれてルート選定したのですが、 マロリーのような悲劇に会わなくて幸いでした。 そのマロリーについての解説も書いています。 お楽しみ下さい。
目次
登山記録編 〜〜 マロリーのスラブの悪夢 (前編) 〜〜
山岳部の山行中、 ダンと二人、エ・リエッズ(Y Lliwedd)の北壁に来る。 Mallory's Slab [Route] から、Great Chimney へ続く、HVD 2本の計 280m のルート。 楽しみ!!
今日、岩がかなり濡れていて、 HVDとは言え、スラブの登攀は決して易しくない……。
35m 登って、トラバース。
摩擦よ、持てよ……。
— 滑る! 落ちた!
薄いフレークにかけたスリングが 「予想外に」外れずに持ってくれたおかげで、3m 程度の落下で済んだ。 ほっ。 運がよかった!
結局、ザイルを引っ張って切り抜けた後、 次はダンにリードを任せてみる。
最初の中間支点を横に引いて飛ばしてしまった後……落ちた!! 確保の僕の立っているレッジまで落ちてきて、幸い、そこで止まった。
背筋を冷たいものが走る。ひとつ間違えていたら、墜落係数 2 の墜落だった……。 素直に足から落ちたので怪我もないし。
運がよかった。
僕がリードを代わり、そこは越えるも、その後がまた 難しく、一点では極小ホールドにスカイフックをセットして、 スリングをかけて越える。最早フリークライミングでは 無いが、そんなことを言っている場合ではない。ここを越えないと 始まらないのだから。
既に時間が押している。元々の予定ルートは諦め、 Mod のルートの方にエスケープすることにする。 ところが……、取付がよく分からず、 気がついたら登り過ぎ、2ピッチの格闘の後、垂壁の真ん中で進退窮まることと なった。 ここから懸垂下降による撤退と腹を括る。
ことここに至り、辺りはほぼ真っ暗。少し雨も降り出したか。 着るものを着て、 少しものを食べて水分を取って、 ヘッドランプを出して……なんてこったい、 僕はヘッドランプを小屋に置き忘れてきてしまっている!! ひどすぎる……今日に限って。 「究極のアルパイン・クライマーとしては、 ヘッドランプのように重いものは削って二人パーティーで一つ、 最小重量主義でいくってわけだ」 なんて冗談を飛ばすも、全然しゃれになってない……。
(……次回につづく)
登山ミニ知識編 〜〜 マロリーとエ・リエッズ山 〜〜
ジョージ・マロリー(George Mallory)は、世界の登山史の中で最も有名な 登山家の一人でしょう。 1920年代にエベレスト初登頂を目指した英国の 3回の遠征で主役をつとめた 登山家です。中でも、1924年の 第3回遠征では、アンドルー・アービン と共に、少なくとも頂上まで数百メートルのところに達していたことは (雲の切れ間から)確認されています。しかし、その時にアービンと共に 不帰の人となりました。
その時(1924年)に、果してマロリーらがエベレストの山頂まで至ったか どうかがその後今に至るまで議論の、そして研究の課題になっています。 地球最高峰のエベレストの初登頂は、1953年のヒラリーとテンチンに よるものが公式記録ですが、ひょっとすると、その 30年前に エベレストの山頂を踏んだ人間がいるかも知れない、というわけです。
日本でも、その謎をテーマに据えて、夢枕膜が『神々の山嶺』という 小説を書きました(後に谷口ジローによって、同名で漫画化)。 1997年のことです。マロリーが持参していたはずのカメラが見つかれば、 マロリーが登頂成功したかどうかが分かるはず……と。 その可能性自体は、コダック社がそう証言している事実でもあります。
奇しくも(本の出版の)わずか 2年後、「マロリーおよびアービン 研究遠征」隊によって、マロリーの遺体が75年の歳月を経て発見されました。 しかし、カメラは見つからず、今に至るまで議論に決着はついていません (そのため、さらなる研究遠征までも行なわれました)。
そんなマロリーが愛したのが北ウェールズのエ・リエッズ(Y Lliwedd)の北壁です。 ウェールズ(とイングランド)最高峰のスノウドン山に隣接し、 有名なスノウドン山馬蹄形周回ルートの一部をなすこの山の北壁は、 高さ 300m 近くに及ぶ英国最大級のものです。 現在のロッククライミングの標準と比較すると、むしろ易しいくらい(の ルートがほとんど)ではありますが、岩が脆いため、支点を 取るのは慎重さを要します。大した装備もなかった当時、重厚な 登山靴でこの垂壁を登るのは大変なことだったろうと容易に 想像できるところです。
△この記事の全文は、以下に載せました。
http://alpiniste.hp.infoseek.co.jp/trivia/climbers.html#mallory
Webページ更新情報
- この記事は、以下にも載せました。
http://alpiniste.hp.infoseek.co.jp/magazine/backnumber/eu071.html
次回予告
次回は… 「マロリーのスラブの悪夢 (後編) — 暗闇の懸垂下降」
See you later!
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