2006年9月16--18日 西穂高岳〜奥穂高岳縦走登山記録/感想文 (by まさ)

[Japanese / English]



総括

山域
北アルプス/穂高岳連峰
参加者
ゆき、まさ
期間
2006/09/16--2006/09/18 (2泊3日)
  • 2006/09/16 上高地 ... 西穂山荘 ... 西穂高岳 (幕営)
  • 2006/09/17 西穂高岳 ... ジャンダルム ... 奥穂高岳 ... 穂高岳山荘 (幕営)
  • 2006/09/18 穂高岳山荘 ... ザイテングラード ... 涸沢 ... 横尾 ... 上高地
宿泊
  • 2006/09/16 幕営 (@西穂高岳山頂)
  • 2006/09/17 幕営 (@穂高岳山荘天場)
天候
  • 2006/09/16 曇後雨
  • 2006/09/17 曇時々雨後雨
  • 2006/09/18 雨後曇

登山編

9月の連休中、ゆきと北アルプスは穂高連峰に登山に来る。 穂高・槍連峰には何度も来たものだが、ここ数年は御無沙汰。 最後に来たのは 2000年の黄金週間、前穂高岳とこぶ尾根に登ったのを よく覚えている。楽しい登山だった。

一方、ゆきとのまっとうな登山は、 1年半前にピーク地方に 岩登りに行ったのを別にすれば、 1999年夏、ゆきも含めて家族でここ穂高・槍連峰に来て以来だろう。 その時は、槍ヶ岳の山頂で素晴らしいご来光を拝めて、本当にラッキーだった。 ゆきが登山を始めるきっかけになったできごとだったという。 確かにあの時の光景は今も僕の眼に焼きついている。何年かに一度の 素晴らしい体験だった。

ゆきは北穂〜奥穂の縦走はしたことがあるそうだ。今回は、それより 少し技術的なグレードの高い西穂〜奥穂縦走に大切戸縦走を加えて 西穂〜奥・北穂〜槍ヶ岳までの黄金縦走ルートをすることにした。 適当な山仲間がなかなかいなくて、と嘆くゆきに、僕の経験を伝えることも できよう。

そういう意味では、多少の悪天候はむしろ悪くない。悪天の時ほど、 技術力や経験が試されるものだから。 しかし……、日程が近付くにつれ、天候がどうもそういうレベルではない ことがはっきりしてきた。南から大きな台風が日本に近付いてきている! もともとは、3泊4日プラス予備日 1日、と考えていたが、台風の速度を 計算するに、後半の方が危なそうだ。そこで、直前に予定変更、 西穂から入って最初の 3日間で日程を完了することにした。

9/16

前夜に交替で運転して走って、沢渡まで着く。そのまま 6:15 発のバスで 上高地入り、初めて帝国ホテル前で降りた(昔は、こんなところで降りる 人がいるのか、と思ったものだったが、今は理由がよく理解できる!)。 お天道様は当然見えないが、今のところ雨も降っていない。

田代橋を渡った後、登山道へ。どうも地図と少しずれていっている気がする……、 と思いきや、ヘリポートに着いて、行き止まりになってしまった。なんで?? 後ろから他のグループが来て、やっぱり同じ場所で当惑していた。 結局、田代橋のところまで引き返したところ、大きな門の向こうに登山道 があるのを発見! 社かと思っていた……。そのまま通り抜けられる 登山道の印だったとは。印にしてはあまりに立派過ぎ! 興醒めではないか (ちなみに、間違えた道と、最初はごく近くを平行に走っている —— 2万5千分の一 地図からは判断できない)。

森の中のはっきりした登山道を登っていく。こういう森の中の径が、 日本の山の落ち着くところですね。雨がぽつぽつ来はじめたところで、 10時前、西穂山荘に到着。

雨足は、そうひどくはないが、時に強くなることも。 山荘で天気予報を確認するに、台風は大丈夫そうなので、行けるところ まで行くことにする。 この後、ルート上にまっとうな天場は、(奥)穂高岳山荘まで無い。 かと言って、穂高岳山荘まで今日、一気に突っ切るのは無理そう。 もちろん、それは予想されていることなので、今回、テントだけでなく、 ツェルトにシュラフカバーも持参して、どこでもビバークできるように用意は している。

山荘で水を補給したり装備を再調整している間にあっという間に時間が 過ぎて、11時15分前に発。気がついたら大休憩になってしまった。 この時点で気温 9℃。上高地を出発した時には半袖で丁度よかった(15℃)が、 この気温だと、合羽をかぶっていてもそう暑くなくて丁度いい。

山荘を出発した段階では、周りに結構、人がいたものだが、登るにつれ、下りてくる 人の方が多くなっていき、人の数がみるみる減っていった。 雨の天候に登山をあきらめて帰ってくる人が多いという様子。 12時に独標を過ぎた後は、人の姿を見なくなった。

というわけで、ゆきと二人、静かな山行を楽しめることになった。 13時15分前にピラミッドピークを過ぎる。 その後、適当なビバーク地を目で探しながら、小ピークを 2、3越えて行く。 これなら何とか、という候補地を 2つほど見つけた後、14時前に 西穂高岳山頂着。ここから後が本ルートの核心だから、今日はここまでだ。 幸い、山頂すぐ横に 2、3人用なら天幕でも張れる立派な(?)スペースが あるではないか。だったら、当然、天幕ですな。

少し時間が早いもので、ちょっと天幕を張るのは気がひけたが、 後ろからは誰も来そうにない。だったらいいですか。天候もよくないし。 時間をかけて入念にしっかりと周りの岩に天幕を固定、15時前には設営終了。 稜線上だから、強風が来ても大丈夫なように……。

今日、行程的にそれほどハードな一日というわけでもなかったが、 交替とは言え前夜の徹夜運転と雨天中の登山では疲れもたまる。 夕食後は、天幕を叩く雨の音を聞きながら、すぐに眠りに落ちたのだった。

9/17

今朝、一応、4時に起床のはずだったが……、雨の音がうるさい。 これだったら今日はルートは無理かなぁ、と二人、二度寝してしまった。

2時間後、あらためて起き出してみると、雨は弱くなっている。 これだったらいけそうではないか。高度計を見たら、昨夜より 気圧はむしろ上がっている。それは行かなくては!

7時半に発。小雨。これなら何とかなる。 それだったら、予定通り、起きておくべきだった。台風が近いの だから、早く行動しなくてはいけないというのに! 甘々!

今日は、最初からハーネスを装着して、コンテのセットをする。 一日の最初からして、(西穂山頂からの)急下降から始まるので、 念のためゆきを確保して。

このルート、意外に鎖場は少ない。それなりに高度感があって、 安全至極の道というわけでは全然ないのだけど。 いいことだ。そういう意味で、確かに、上級者向けと言えよう。 岩は濡れている今日、慎重にコンテで進む。

最低鞍部に近付いた頃、後ろから追い付いてきた二人連れに出会う。 ザイルを使っている分、コンテが主とは言え、速度には限りが出てしまう から、無理もない。 聞けば、二人連れは、今日ルート中で出会って、旅は道連れ、 となったそうだ。一人は、西穂山荘集合のツアーに参加するはずが、 山荘に着いて、ツアーがキャンセルになったことを知ったという(ひどい話!)。 ここまで来てただ帰るのも癪で、西穂高岳までひとりで行こうとしたところ……、 西穂高岳直前で迷ってしまって、気がついたら 360度回って元の場所に 戻ってきていたそうだ(あんな狭い稜線で、そんなことがあり得るのか……と ある意味、驚き)。そこで怖くなってしまったところに、後ろから人が来て、 天の助け、一緒に行きましょうとなったとか。
二人とも体力は問題なさそう。この頃には雨もやんでいる。お気をつけて、 と送り出したのだった。

僕らはこの後もコンテ、時にはゆきだけちゃんと確保して、慎重に進んでいく。 ゆきがちょっとバテ気味。登れぇとばかりザイルで引っ張って進んでいると、 なんか犬の散歩みたい(ぶぅ)、とコメント。 ほぉ、よく気がついた、これは英語ではその名も dog-lead というテクニック なのですよ(笑)。

やがてジャンダルムの取付きで、先ほどの二人連れに再会。彼らは ジャンダルムに登って降りてきたところだとか。ルートはこっちなので お間違いないよう、と助言してくれる。僕の山の先輩が昔、登った時、 何も知らずに直登したら、やけに難しくて、登って初めて簡単な道が あることを知った、と言っていたジャンダルム。遠くから見るにも、 なかなか難しそうなジャンダルム。助言は貴重です。

まずはトラバースから入る。岩が濡れている分、ちょっと嫌らしい。 ゆきを確保した後、今度は急登。ここが核心かな? ザイル一杯(30m)に伸ばして 見る。実は意外に簡単。その後、あっけなくジャンダルムの山頂に着いた。 今日の天気ではいい見晴らしとはいかないが、まぁ、多少は見える。悪くない。

ジャンダルムの取付きに戻って、奥穂へ向けての行程再開。すぐに鎖場。 この鎖場は他よりは難しそう。でも……やっぱり鎖が必要なほどではない。 残念なことだ(と人工物がない山ばかり登っていると思うようになった)。

奥穂が近くに迫ってきた頃、ルートももう終わったか、と思っていたところ、突然、 「うまのせ」のペンキ文字が。えー、「馬の背」って、 本当にそういう名前であったんだ! 実は、この山行の前、(5年前の段階で 5.11 を 登っていた)山仲間が、先日、このルートに来た時「馬の背」が結構怖かった、と言って いたのだった。それを聞いて僕は、ヘルメットにハーネス、ナッツ、ザイルなど 用意することにしたのだ。僕は、「馬の背」とは、痩せ尾根を指す一般名詞 だとばかり思っていた……。実際にそういう固有名詞の場所があったとは! ということは、ここが核心ですね。ルートが終わったと思わせておいて 核心が登場するとは。西穂縦走侮り難し!

1ピッチ目で登りの場所を終え、ゆきを確保。ゆきの自己確保を確認して、 2ピッチ目のナイフリッジのトラバース。30m のザイルをフルに使う。 今日、ナッツは今までもよく使ったが、ヘックス 7番はここで初登場。 持ってきてよかったってものだ。ここが核心。高度感がいい。 これが西穂縦走ですね!

この後は普通に歩いて、10分後には奥穂高岳山頂に立つ。16:15。 思ったより大分時間がかかってしまった。 思えばここ奥穂高岳山頂は、1995年に僕が初めて日本アルプスに 登った時に立って以来だ。今日は当時のような素晴らしい見晴らしは ないけれど、1日の山行の締めくくりに北アルプスの雄、奥穂高岳山頂に 立つのはなかなか悪くない気分。

あとは山荘まで降りるだけ。岩は濡れているし、日没が近いし、 慎重に —— と言うより早く、ゆきがずるずると滑ってしまった。 重いザックに引きずられた感じ。止まったからよかったような ものの、ちょうどヘルメットを脱いだ時だったから、そのまま落ちて いたらかなり危なかったね。御用心、御用心。

穂高岳山荘着 17:00。雨がぱらつき始めた中、天幕を張ってもぐり込む。 20時過ぎに寝る頃には、結構な雨足になっていた。

9/18

5時起床。今朝も雨。 山荘で天気予報を確認すると、台風は、九州から日本海側に抜けたようだ。 つまり、今後、天気は回復に向かう、ということのよう。 あら、そうでしたか。だったら、このまま縦走できなくもなかったわけか。 3日間の山行のつもりで食料も用意してきたから、もう1日縦走は無理だけど。 いや、予備食があるから、あと 1日なら縦走できなくはないけれど。 でも、この雨の中、仮に雨があがっても濡れた岩の中、行程もはかどらない だろうし、7時出発という時刻も遅いから、縦走は北穂までになりそう。 槍ヶ岳かせめて南岳まで行けるなら考えもするだろうけれど、北穂まで だとちょっとね。ゆきも行ったことあるわけだし。 それになによりかにより、もうすでに下りる気になっているから……。

何と言っても台風のことは結果論。台風の進路・速度次第では、この地ももっと 影響を受けただろうから、今回のプラニングは、まぁ、妥当だっただろう、 と自分を慰めて、下山にかかる。

9月の涸沢は今まで来たことがなかった。この時期で、まだ雪が残っているとは 知らなかった! 万年雪ですか。日本ではごく珍しそう。
涸沢ヒュッテでちょっと雨やどり。

涸沢からはパノラマ新道を取る、という選択肢もあった。 ただし、パノラマ新道は相当の登りが入る。それを知るやいなや、ゆき、 雨が降っているから、まっすぐ横尾まで降りよう、と。 雨の中、パノラマもないし、ねっ、ねっ、と。 ふむ、文章にしてしまうとなんとなく説得力があるような気もするが、 実際は……??

そうして横尾まで降りて、なんとなくおじさん二人連れと一緒に 歩くことになったところ、彼らはゆきと同じ県からはるばる来たことが 判明。それはそれは、また遠路はるばると。昨日、奥穂高岳山荘まで行ったは いいが、今朝の天気が悪かったので、登頂はあきらめて帰るところなんだとか。 奥穂高岳山荘くんだりまで行って登頂断念とは……。それをさらりと 言い流すところが年の功なのでしょう、感心。

二人、山荘で会った別の二人連れに、昨日の雨天の中、西穂高岳山頂で テント泊の後、西穂〜奥穂縦走していた二人連れの強者がいた、という 話を聞いたとか。……僕らのことですがな。その二人とは、僕らを 追い抜いていったあの旅は道連れの二人に違いない。いやはや、そんな 話をたまたま会った人から聞かされるとは。これもまた山ならでの偶然かな。 徳沢園で(名物)ミルクソフトをおごってもらって、別れを告げたのだった。 ゆきはまた、どこかの山で会うこともあるかもね。

今回、ゆきとの日本での山行、それも初めての西穂で、天候には 恵まれなかったとは言え、なかなか楽しかった。さすが北アルプス、 山のスケールが大きい。準備段階から実際の山行まで、ゆきの方には、 普段とはかなり違って、願わくは貴重な経験になったら、と思う。 逆に言えば、山によく行っているという割には、技術経験がまだまだ やなぁ、と感じたのも正直なところで。経験豊かな人との山行を積まないと それはなかなか身につかないのもやむを得ないところなのだろう。 ただ、今回の悪条件の中、ゆきが常に明るく笑顔でいたのは、本当に感心した。 素晴らしい、貴重な才能かな。山の連れとして、それは得難い徳性です! 今後とも安全に、山を楽しまれますことを!

後日談

この半月後、 僕は、(その翌日に当たる日に)西穂高岳〜奥穂高岳の間で季節はずれの(大)雪の せいもあって遭難死が出た、という新聞記事を見た。まさに僕らが行った ルートやん……と、ゆきにメイルしたところ、なんと、ちょうどまさにその日、 ゆきは仲間と槍ヶ岳〜西穂高岳縦走に出向いていて、でも(奥)穂高岳山荘で 断念して下山した、という返事を受け取って仰天したのだった。

いやはや、危なかったかもね。下山の判断はまったく正しかったと思うが。 でも、穂高岳山荘からの下山の写真を見るに、それはまさに 冬山の景色 — 無事に下山できてなによりだった。 ニアミスは最高の経験ではあります。ただ……ニアミスは起こさないに 越したことはないのも事実で。さもないと、いつの日か、ニアミスがニアミスで 済まなくなる時が来るから。

箴言に曰く、

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。

登山の場合、これは特に真実かと。経験だけに頼っていたら、 命がいくつあっても足りないから……。小生としてはさらに、
「そして、真の賢者は論理的演繹に学ぶ。」
と付け加えたいところです。


タイム・テーブル

2006/09/16-18 穂高岳縦走山行タイム・テーブル
時刻 行動 高度(m) (計器|地図) 温度(℃) 歩数(複歩)
表注:
高度の表記で (s) は高度計をその高度にセット。 なお、高度計は、腕時計を使用。 歩数は、その前の項目からの歩数[複歩]、 括弧「(...)」内は予測値。
2006/09/16
(沢渡 → 上高地 → 西穂山荘 → 西穂高岳)
06:15 沢渡(バス)発
06:40 帝国ホテル (休憩)
07:05 15
07:11 田代橋 1500(s)
ヘリポートまで行って引き返す
07:29 登山口
07:42 4分休 1595 15 473
08:06 6分休 1765 668
08:36 急登終了 1930 456
09:04 8分休 2090 14 784
09:46 稜線(三叉路) 2290 987
09:56 西穂山荘 2356 300 (300)
10:44 2356 9
山荘に地図を忘れたのに気づいて取りに帰る 2356 157
西穂山荘
11:07 引き返した地点 157
12:02 西穂独標(5分休) 2740 2701(s)
12:41 ピラミッド・ピーク(9分休) 2770
13:35 7分休 2860 7
13:53 西穂高岳山頂 2905 10
14:55 天幕設営終了
2006/09/17
(西穂高岳 → 間ノ岳 → ジャンダルム → 奥穂高岳 → 奥穂高岳山荘)
2890 2905(s)
起床
07:09 2920 2905(s) 10
07:30
08:45 ケルン
09:00 休憩 2820
09:18
09:34 間ノ岳 2895 2907(s)
10:34 天狗の頭 2885 2909(s)
10:47
11:26 最低部 2845
12:15 8分休 3030
13:42 ジャンダルム 3170 3163(s) 15
15:09 最低部 3105
16:05 馬の背終了
16:15 奥穂高岳山頂(ギア外す) 3205
16:24
17:00 穂高岳山荘
20:00頃 就寝準備完了
2006/09/18
(穂高岳山荘 → ザイテングラード → 涸沢 → 横尾 → 上高地)
05:00 起床
07:00 2996
08:15 涸沢ヒュッテ 2360 2500
08:37
09:30 本谷橋 1850 17 2152
10:16 横尾
(15分休)
1685 17 2270
11:11 徳沢
(5分休)
12:03 明神
12:40 河童橋
(買物他)
13:10 上高地バス停発

この文書の先頭へ戻る
「英国での登山的生活」へ戻る
トップへ戻る


まさ