2006/12/21 Peak 地方/Roaches 登山記録/感想文 (by まさ)

[Japanese / English]



総括

山域
Peak District/Roaches/Lower Tier
参加者
アダム・W、グレアム・B、まさ
期間
2006/12/21 (日帰り)
Roaches/Lower Tier
  1. Chalkstorm Area/Prow Corner (VD 12m); Leader アダム, 2nd グレアム, まさ
  2. Chalkstorm Area/Prow Cracks (VD 10m); Leader グレアム, 2nd アダム, まさ
  3. Valkyrie Area/Valkyrie (VS 4b 15m, 4c 25m); Leader まさ, 2nd アダム (→ 断念)、グレアム (第1ピッチのみ)
天候

登山編

ローチズ(Roaches)のルートの一つ、ヴァルキリー(Valkyrie)は、 グリット石のルートの中で、最高のものの一つ、と評価の高いルートだ。 しばしば、フロガット・エッジ(Froggatt Edge)にある同名のルートと 比較評価もされる。2ピッチ 40m のルートで、特に高度感のある素晴らしい 第二ピッチが有名だ。実際、英国登山協会(BMC: British Mountaneering Council) のロック・クライミング(指導者)の資格を取るための標準参考書とされている 本の表紙は、このヴァルキリーを登るクライマーの写真だ。

というわけで、チャレンジ! なんだかんだ言っても(難易度は) VS に過ぎない。 僕にとって問題あるはずがない。— と思ったのだ。ところがどうしてどうして、 恐ろしく苦労する登攀になったのだった! (そして、最長の時間がかかった 登攀にもなった…… 4時間超か? グレアムとアダム、長の待機と確保を申し訳ない!)

第1ピッチは相対的に易しい(4b)と聞いていた。ところが、これが結構、 難しかった。半ばにあるクラックの走るちょっとしたオーバーハングを 乗り越えるのが困難だった。いいスタンスが無い。登っては降り、登っては 降りる、右からそして左から — といったムーブを 4回は繰り返したと思う。

このクラックは、ジャミングにはなかなかよさげに見える。しかし、 僕はジャミングは好き(上手いという意味ではないので、念のため)とは いえ、このところ人工壁ばっかりの僕は、ジャミングには随分と御無沙汰している。 クラックは、握り拳くらいの幅か。でもよくあることだが、完璧な幅という わけではない。けれども、他にいいムーブも思いつかない。そこで逡巡の末、 フィスト・ジャムを試すことにした。全体重を乗せる — うまくいった! いやはや、(拳に)テープを巻いていてよかったってものだ。

第1ピッチの残りは特に問題なく、ピッチ終了点の岩棚にたどり着く。 グレアム、次いでアダムとフォローしてくる。グレアムは、オーバーハングを 乗り越えるところで、(ちょっと見つけにくい)アンダーカットを使ったそうだ。 えっ、そんなのがあったの? — だから(それに気付かなかったから)、 あんなに難しかったのかな?

そして、第二ピッチ。フレークに沿って左にリブ(尾根状の場所)までトラバース して、そこからリブを上に登るピッチ。最初の岩棚から一歩踏み出すところは ちょっと怖いが、まぁ大丈夫。さらにトラバースしようか、という時、アダムが 声をかけてきた (1本だけでなく)両方のザイルをぬんちゃくに通さなきゃ(セカンド が落ちた時に激しく振られるのを防止するため)。ごもっとも! セカンドを二人引き上げるマルチピッチのルートは久しくやっていなかった もので、緊張感あるトラバースの最中のこともあって、すっかり忘れていたよ……。 アダム、ありがとう。そんな君だから、登山パートナーとして信頼しているんだよ、 僕は!

ここから次のフレークへとトラバースする。問題は、一旦トラバースを 完了させると、中間支点として最高のチョックストーン(岩の割れ目にはさまっている 石)に届かなくなってしまうこと。というわけで、スリングをチョックストーンに 巻き付けるため、僕は戻る、つまり中空に身を投げ出す必要があった。 素晴らしき高度感! これだね!

さて、ここからどのラインを取るかがちょっとはっきりしない。 行き着くべきリブは見えている。僕が立っているのはフレークの 天辺で、フレーク自体はそこから斜め下方に走る。つまり、どこかでフレーク を離れて、リブの方にトラバースする必要があるのだが……どこで? 記憶しているガイド本の説明では、フレークに沿って少し登り降りるように 見えたので、そうしてみた。しかし、フレークの最下部とリブとの間にある フェースには、ホールドらしいホールドが見当たらない。目をかっ開いて よくよく見ると、フェースの(基部ではなく)中間の高さの部分に 二、三のホールドがあるのを見つけた。ということは、これらのホールドが 手がかりであり足がかりというわけかな? 確かに、ロック・オーバーする ことで、そのスタンスに立つことはできるだろう。しかし、ではその後の ムーブや如何に?
上の方には、水平にクラックが走っているが、いいホールドには見えない。 それ以外にはホールドらしいホールドは見当たらない。問題は、 もし一旦ロック・オーバーしてしまったら、仮にその後のムーブが難しい (か危険)だと分かったとしても、今いる位置まで戻ってくるのは相当 難しそう、ということだ。

この頃までには、僕はそれなりに疲れが溜ってきている。というのも、 片足をフット・ジャムで捩込んだ状態で、斜めのフレークの上に結構な 時間立っていたわけだから。そこで、フレークの天辺まで登り返して、 そこで休憩とした。そこから見ると、別のラインの可能性が見えてきた。 フレークの天辺から直接トラバースしてしまうのだ。最初の 1メートルは、 手がかりとしてのホールドは問題無い。しかし、その後のムーブでは 水平クラックをホールドとして使うことになるが、それがどれくらい いいホールドか確信が持てない。そして、どちらにせよ、足場は全然よくない。 試してみるかな? うんと左手を伸ばす……ちょっと足りない。ふむ、 ロック・オーバーすれば、つまり少し動的なムーブなら、確実に取れるだろう。 しかし、一旦そうすれば、戻ってくるのは至難になる。そこが問題だ。

そこでもう一度、どこが最善のラインかと、フェース全体を見直してみる。 結局、フレークの基部からトラバースするのが最善なように見える。 それに、それがガイド本の記述に一番近い気がする。そこで、再度、 斜めのフレークに沿って登り降りる。フレークの最基部は、体を休める ことができなくはないが、最高とは言い難い。つまり、迅速な行動が 求められる。今回は、アンダーカットを発見できた。このアンダーカットは 文句ない。だから、左足をうんと伸ばすことでフェース最下部の丸っこい箇所に 足を乗せられたら、そしてもしそれが体重をかけても滑らなければ、 トラバースはできるだろう。問題は、いつものことだが、その丸っこい箇所が どれくらいいい足場か、つまり摩擦がどれくらい効くのか、はっきりしない、 ということだ。手のホールドはアンダーカットだから、もし足が滑ったら それまでになってしまう。そして悪いことに、その足場はちょっと遠いので、 体重を乗せるには、ちょっとしたロック・オーバーも必要だ。

ことここに至っても、遠い足場を取るのは、つまり動的なムーブを使うのは 僕は気乗りしない。もう一度じっくりとフェースを眺め直したら、 足場として使えそうな極小スタンスが見つかった。そこで、それを使って、 さらに右手はフェースから突き出す小さな小石をピンチしてバランスを維持しながら、 フェースに乗り出していく。例の丸っこい足場に左足を届かせる。少しずつ 体重を乗せていく。いいぞ、できる。手がかりを持ち替える。次の ホールドを左手で取る。完了!

そして、易しい数ムーブの後、ついにリブにたどり着いた。トラバース時の 高度感は実に素晴らしかった! 最後の中間支点は、フレークの天辺辺りで、 それは完全に信頼できるものだった。そういう意味では、(落ちても)死にはしない。 しかし、ロープの流れを考慮すると、フレークの天辺の後に中間支点を セットするのは避けたかったし、実際避けた。つまり、最後の中間支点は かなり後方にあることになって、もし僕が落ちていたら相当大きく振られる ことが不可避だった。まったく、神経が摩耗するトラバースだったってものだ。

ロープの流れを考慮すると、理想的には、次の中間支点をセットするのは、 もう少し上に登ってからの方がいい。しかし、リブの登り初めの部分は ちょっと難しそうに見える……。そこで、ここで中間支点をセットして、 60cm のスリングでうんと伸ばしておくことにする。

さて、リブを登ると言うが、ラインはどちら? 左側にはホールドが 無さそうに見える。一方、右側には、垂直のクラックが走る。こちらかな? 問題は、クラック以外にはホールドらしいホールドが無く、クラック自体も オフ・ウィドスということだ。クラックを登るべく何度もトライを重ねるが、 最終的に、これが(最も易しい)ラインではなかろう、と結論を出した。 都合がいいのは、リブの基部では、ゆっくり休めるということだ。

ということは、左側か? トラバースする。確かに、二、三のホールドが見える。 だから、第一印象とは異なって、ここを登ることは可能、ということだろう。 上に登るため、さらに 1メートル左にトラバースする。足場はずっと悪くなり、 (フィンガー)ホールドも少し丸っこくて指で保持するのが易しくはない。 最初の二、三ムーブさえうまくいけば、その上は易しそうに見える。 しかし……、その最初の二、三ムーブが問題だ。

事ここに至っては、ロープ・ドラッグが大きな問題になっている! リブを回って来たからだ。リブにロープが擦れて、その摩擦が大問題なわけだ。 このままでは登れない。最初の二、三ムーブの分だけでもロープを緩めなければ。 (確保の)アダムに「緩めて!」と叫び続けながら、右手で少しずつロープを 手繰り寄せる。不安定で高度感ある足場の上、丸っこいフィンガー・ホールドを 左手で掴みながら。さて、ロープを手繰り寄せたのはいいが、それはつまり、 もし落ちようものなら、その分墜落距離が長くなることを意味する。 恐ろしや……。

今、僕の体重は、主に右足で支えている。今、僕が掴んでいるフィンガー・ホールド の 15cm ほど上に浅い水平クラックが見える。その水平クラックは、ホールドと してどんなものだろう? ほとんどの英国人クライマーは、ここから単に手が 届く(から調べられる)だろう。でも、僕にはリーチが足りない。

単純な解は、比較的安定した今の右足の足場を放棄して、今左足を 乗せている丸っこい足場の方にロック・オーバーすること。僕の バランスはそのムーブに耐えられるか? その左足の丸っこい足場(の摩擦)は 十分か? 多分、上の水平クラックに手を届かせるその少しの間の時間なら、 耐えられそうだ。けれども、下から、つまり今いる場所からは、その 水平クラックがどれほどいいホールドか判別できない。もしそのホールドが 悪ければ、登り下る必要があるかも知れない。しかし、一旦、動的な ロック・オーバーをしたら、それは非常に困難なこと疑い無い。

今、丸っこいフィンガー・ホールドを頼りに、全身はほとんど伸び切った状態にある。 そして、この姿勢をもう随分と長いこと保っている。けれども、 まだロック・オーバーするかどうか決めかねていた。実際、上の水平クラック がいいホールドかどうか、分からない以上……。他に何か解はないものか?

バランスを保ちながら、ゆっくりと注意深く、顔を岩から離して、 足元近くの岩面を見下ろして見る。右足の足場として使えそうな小さい スタンスを見つけた。そのスタンスは今の右足の足場よりはるかに 悪いとは言え、上の水平クラックに動的なロック・オーバーを使わずに 手を届かせるためには、今より上部に何か右足のスタンスが必要なのだ。 さぁ、今や水平クラックに届くための安全な、つまり静的なムーブが見えてきた。

左足を安定したスタンスに戻す。右足をその小さいスタンスに乗せる。 左足を先の丸っこい足場に乗せる。よし、大丈夫だ、いけるぞ。 ようやく水平クラックに手が届く — いいホールドではないか! ほっ。

ここで、悪くなるばかりのロープ・ドラッグとの戦いになる。 今や本当にひどい。ロープで引きはがされないよう、意志力と体力とを総動員して、 全身を岩にこすりつけて摩擦力で勝負する。何とかロープ・ドラッグに打ち勝ち、 バランスを保った。

ようやく、少しの安心の時が訪れた。リブの上部、つまりルートの最終部は 特に問題ない。リブの天辺に立つ。ヤッター!! 登ったぞ!

さて、ここからフォローする二人を確保するのは、またちょっと問題ではある。 実は、僕が登るのにおそろしく時間がかかってしまったので、アダムがフォロー を開始してからしばらくしてから、グレアムが自分が登る時間はない、 と下から声をかけてきた。その時点で 4時、つまり日没まであとわずか 15分だった。僕がルートを登り始めたのは 12時台だったはずなのに……。 時間がかかったのは理解していたとはいえ、これほどまでとは思わなかった。 わずか 1〜2ピッチのルートとしては、文句無しに僕の最長記録になる。 いや、持久力がそれだけよく持ったものだと我ながら感心。(帰りの運転中、 疲れ切ったように感じたのも、翌日筋肉痛だったのもまったく頷ける話だ。)

グレアムは、(第1ピッチ終了点の)確保の岩棚から、ロープを使わずに脱出 することに成功した(後で見ると HS くらい? — 安全とは言い難いか)。 アダムは、もし落ちたら振られることになるトラバースを続けるのがあまり 気に入らず、結局、僕は、マジック・プレート(ブラック・ダイアモンド社の ATC Guide。これをガイド・モードで使ったのは、僕はこの日が初めてだったが、 その機能は素晴らしかった。あの伝説的なペツル社ルベルソからさらに改良 されたというだけのことはある)に通した主ザイルに加えて、 (ダブルロープの)もう 1本のザイルでイタリアン・ヒッチを使って同時に確保 することになった。そして最後には、日没が来てしまって、アダムを ロワー・ダウンすることになったのだった。

アダムと僕とが格闘している間、グレアムが(一般道から)やってきて、 懸垂下降でアダムが残した中間支点の一つを回収してくれた。アダムを ロワー・ダウンした後には、さらに残った中間支点の二つを僕が懸垂して 回収。最後に、もう一度、(アダムを確保した)確保点まで戻って(確保・懸垂)支点を 全て回収した。その間、グレアムに頂上部の端から確保してもらった。 暗闇の中、完璧に安全な場所とは言い難いところだったもので。

こうして全て終える頃には、辺りは真っ暗、6時になっていた。 つまり、僕がルートを登り始めてから 6時間くらいかかったということ……。 いやはや、アダムとグレアム、長の確保と待ち時間を申し訳ない、

さて、このルートは難易度 VS (4b, 4c) とされている。 RockFax のガイド本 では、HVS の方が正しいのでは、と感じる人も少なくない、とのことだが。 僕自身としては、判断つきかねる。今日の(ルートの)条件は、決して最高では なかった。気温は低く(4℃)、雨も降っていなかったとはいえ、岩は ちょっと「緑」(=薄く苔がついている?)で、空気は湿っぽく霞んでいた。

RockFax のページ を後から見たところでは、フレークからリブへのトラバースか、 もしくはそのトラバース後のリブを登る最初の部分が、核心のようだ。 ほとんどの人にとっては、前者の方が核心になるようだが。 僕にとっては、どちらも相当に難しかった。

個人的には、前者は 5a または 5b のムーブと感じた。けれども、僕は 摩擦を信用していなかった。もし、たとえば条件がよかったりしたおかげで、 摩擦を信用できていたなら、そのムーブはもっと簡単だったことだろう。 加えて、RockFax のガイド本は、隠れたスタンスが存在する、と述べていた。 幸いなことに、僕はそれを知らなかった。もし知っていたら、楽しみが減って いたところだったろう! 実際、僕は気付かなかったし、だから使うことも なかった。RockFax のガイド本のページの投稿を見るに、そのスタンスを 使えば、ムーブは簡単になるようだ。

後者に関しては、個人的には 5b ムーブと感じた。けれども、5b ムーブに なった理由は、例の水平クラックがいいホールドかどうか知らなかった からだ。仮にそれが分かっていたなら、5b ムーブは必要なかっただろう。 あるいは、もし摩擦がもっと信頼できる条件だったなら、5b ムーブは 必要なかったかも知れない。それに何と言っても、僕のように例外的に 背が低い人を除いて、ほとんどの人は、単に下からその水平クラックに 手が届くはずだ。もしそうなら、同ムーブは 4a くらいであっても 驚かない。

このルートは、大いに高度感がある。一方、中間支点は確固としたものが取れる。 ただし、リーダーがもし落ちたら、かなり振られることを覚悟する必要があるが。

では、結論として、この難易度 VS はどうだろう? 適当か? 僕の理解では、英国の形容難易度と技術難易度とは共にオンサイトである ことを前提にしている。もし決定的なホールドが隠されていたりしたら、 そのホールドの使用は、(その難易度としては)前提とすべきでない。 今回のルートの場合、その隠れたホールド(=スタンス)に僕は気付かなかった。 (少なくとも今日の条件では)その辺りの足場はあまりよくなく、つまり、 リーダーがそもそもホールドの存在を知らない時、そんな不安定な足場から 隠れたホールドを探すというのは、難易度 4c としては、ちょっと厳しく ないか? そのホールド無しには、普通の背丈(とリーチ)の人にとってさえ、 難易度 5a の方が、適当ではないか? ただ、もし摩擦という意味でその足場が もっと信頼できるものだったなら(たとえば、寒く乾燥した日)、話は 別かも知れなくて、ひょっとしたら (難しめの?) 4c でもいいのかも知れないが。 もしそういう話ならば、VS は理解できる。もしそうでなければ、HVS の 方が適当と言えよう。

なにはともあれ、このルートは最高に愉しめた。強烈な高度感と、 素晴らしいとは言えないまでも悪くない中間支点。僕は、いくつかの候補ラインから 最善のラインを自力で見つけ出さなくてはいけなかった。これぞ 冒険としての登攀の原点ではないか? 最初は恐ろしく難しく見えたムーブも 注意深く見ることで何とかなることを見つけ出すことができた。というわけで、 大いに楽しめたルートだった。このローチズのヴァルキリーは、今まで僕が登った ルートの中で最高のものの一つだと言えよう。
素晴らしきかな!!


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まさ