2007/11/23--25 北ウェールズ登山記録/感想文 (by まさ)

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総括

山域
North Wales/Snowdonia/Clogwyn Gafr, Y Lliwedd
参加者
スティーブ・E、デイブ・S、アニー、ルーシー、ダン、トム・B、ガレス、スコット、ベッキー・C、スーミン、デイブ・E、サム、ベン・H、サイモン・W、まさ他 (ULMC)
期間
2007/11/23--2007/11/25 (2泊3日)
  • 2007/11/23 Leicester ...(車)... Capel Curig (山小屋)
  • 2007/11/24 山小屋 ...(車)... Llanberis Pass/Clogwyn Gafr ...(車)... 山小屋
  • 2007/11/25 山小屋 ...(車)... Pen-Y-Pass ... Y Lliwedd ... Pen-Y-Pass ...(車)... Leicester
宿泊
hut @ Chapel Curig
天候
  • 2007/11/23 曇
  • 2007/11/24 雨後雨時々曇強風
  • 2007/11/25 曇後雨

登山編

11/23

部の山行として、北ウェールズはスノウドニアに。 Capel Curig の山小屋泊。 ベン・H やサイモン・W など懐かしい顔も一緒だ。

11/24

今日は、朝から雨。しかし、スティーブら大勢は、スノウドン山の 馬蹄形一周に出かけた。途中、Grade 1 の歩登攀のナイフ・リッジの Crib Goch も含むルートだ。初心者も一緒だが、大丈夫かな? 一部は、ランベリスの人工壁にクライミングに行く。 一方、僕は、ベン・H、ダン、アニー、スコットと一緒に、ランベリス・パスに 位置する岩場 Clogwyn Gafr (Craig Fach) (英訳はそれぞれ Goat Crag, Little Crag) に、岩登りに出かける。 3年近く前に一度、訪れたことがある、 シングルピッチが主な岩場だ。 予想通り、昼近くになると、雨もほぼやんだので!

Pen-Y-Pass 近くの道端に車を停めて、ぬかるんだ荒野をしばし登って 岩場に到着。(雨足が強かった)朝ほどではないとは言え、 時折雨が降る、お世辞にもいいとは言えない天気だが……。 まず、Staircase Groove をリードするダンを確保。濡れた岩に、非常に苦労している。 ジャミングで血を流しつつ、何とか登り切った。僕は登山靴に手袋でフォロー。 ちょうどいい難易度だ! 最後はスコットがフォロー。

隣の Alex in Wonderland をリードしようとしていたベンはそれ以上に苦労していて、 最後、ついに降りてきた。リードするか、と訊かれる — しないでか! 簡単そうに見えるが、この摩擦が心許ないことこのうえないコンディションでは 確かに難しい。ベンが苦闘していた場所は、使えるスタンスを見つけて 超えたが、その後も難しさが持続する。大丈夫か? 結局、中間支点に 体重を預けること一度の後、リードしきった。難易度 S 4b とはいえ、 このコンディションではかなりハード、ある意味、ちょうどよかったかも知れない。

セカンドのアニーは何度も何度も落ちながら、最後、何とか登り切ってきた。 おつかれさま。苦労して登り切るくらいが、フォローとしては丁度いいくらいかな?

わずか 2本だが、ここでお開きとする。実際、ヘッドランプを使って 車まで戻ることになったし。まぁ、このコンディションではこんなものでしょう。

今日結局、スティーブらは、Crib Goch 目前で、一般道経由で降りてきたそうだ。 何人かは疲労困憊の様子。相当きついコンディションだったようだ。 それでも、大半は晩はパーティー。僕は、そんな連中を横目に、 明日は天気はましそう、ということなので、ダンと Y Lliwedd の本格的 マルチピッチのルートに行くべく、ガイド本 3冊を片手に、エスケープ ルートなどしっかり計画を練る。 Mallory's Route から、Great Chimney へ続く、HVD 2本の計 280m のルートを 選ぶ。エベレスト挑戦で有名なジョージ・マロリーの名を冠するルート名に 惹かれたものだ。楽しみ!!

11/25

濡れた岩に乾く時間を与えるべく、今日は、朝一番には発たない。 Pen-Y-Pass まで車で送ってもらっていざ出発。08:06。 岩場の少し下で、コンテのセットをして、まずは取付の水晶岩帯まで軽く歩登攀。 コンテは初めてというダンには練習を兼ねて。

取付でクライミング・シューズに履き替えて登り始める — 岩が湿っていてこれはそんなに易しいとは言えない! 10m 行かないところで、 コンテを解除、スタカットに切り替える。HVDとは言え、この条件では、 スラブの登攀は決して易しくない……。中間支点も特に信頼できそうなものは かなり限られる。35m ほど進んだところで、スラブのほぼ上端、 ここから 3m 右にトラバースして、5m ほど登れば、よさそうなレッジがある。 しかし、このスラブのトラバースが自信が持てない。

左上方に Peanut No.1 を極めて、上方のごく薄いフレークに 8mmスリングをかけて、 何度もの逡巡の後、最終的に右に乗り出す。トラバース始めはともかく、 あとは、スリングはとても持たないだろうが。 摩擦よ、持てよ……。
滑る! 落ちた!

Peanut は飛ぶも、予想外にスリングが外れずに持ってくれた。ほっ。 3m 程度の落下で済んだ。運がよかった! さもなくば、10m 以上 落ちていただろうから……。

しかし、どうやって登ろうか……。あの上部のトラバースはできそうな 気がしない。次に落ちれば、今度もスリングが持ってくれる保証はどこにもない。 右側の多少草も生えている場所の方が登れるか? 下部が面倒そうだが。結局、上のスリングを通したザイルを手で引っ張りながら (A0 ですね)下部を何とかクリア、そのまま上のレッジまで抜けることができた。 一旦次のピッチの最初の中間支点をセットしてからレッジまで降り、 確保支点を作る — 一点は、ヘックス二つを逆方向にセットした ものとする。本当に支点が取りにくいルートだ、こいつは!

しかも、HVDで落ちるとは……。侮り難し。 ダンも落ちながらも、フォローしてきた。僕が不調と言うわけではない、 ルート自体が(今日の条件では)難しい、ということを実証している。

次はダンにリードを任せてみる。 垂直に 3m 登ってから右にトラバース。トラバースに入る前にザイルを 横に引いてしまい、弾みで最初の中間支点が飛ぶ。だめだよ、ダン、 気を付けないと……。最早中間支点が無いから気を付けてね — 落ちた!! 僕の立っているレッジまで落ちてきて、幸い、そこで止まった。素直に足から 落ちたので怪我はない。
背筋を冷たいものが走る。ひとつ間違えていたら、墜落係数 2 の墜落だった……。 運がよかった。

僕がリードを代わる。まずは垂直に登ってもう一度中間支点を極める。 易しく見えるトラバースだが、実は難しいことが判明。何度か逡巡の後、 一旦、レッジまで下りる。今度は登ってからトラバースでなく、下からスラブを 右上方に直接登ることにする。じっくりムーブを見極めてから登り始める — 越えられた! ふぅ。難しい。

アレットを少し登った後、上に見える緑のレッジの前にまたフェイス。 これも自信ない……。極小ホールドにスカイフックをセットして、スリングを かける。大丈夫そうだ。スリングに足をかけて体をせりあげて、上の ホールドを取る — A2/A3 ムーブか。最早フリークライミングでは 無いが、そんなことを言っている場合ではない。ここを越えないと 始まらないのだから。既に時間もかかっているし。

レッジで何とか確保支点をセットしてダンを確保。ダンは、例の取付で トラバースの方に行き(中間支点回収の関係上、そうなる)、トラバース中に 落ちた。やはり難しかったようだ。あとは問題無く登ってくる。

既に時間が押している。元々計画していたルート(Great Chimney; HVD)は諦める。 同じ難易度だから、そちらに行ったら、あと何時間かかるか分からない。 エスケープルートとして、 Terminal Arete を選ぶ。難易度 Mod と易しく、 何より、目立つアレットなので一度ルートに入ると迷いようがない。 事前に調査しておいてよかった ってものだ。いずれにせよ、今のルートを終了点(Bowling Green)まで 登り切らないといけない。

そこで、次のピッチ。次のルートの取付のある Great Terrace に達するには、途中、 左に行かないといけないのだが……、それがよく分からず、 気付いたら登り過ぎていた。真左の方に、そのアレットが見える。 これはいけない……。とにかくここでピッチを切る。

ここからは真横にトラバース。すでに暗くなってきている。 途中、谷部があるので、そこをうまく越えられれば、目指すルートに 戻れるはずだ。……谷部にたどり着いてみると、思ったより深い……。 かつ、適当な中間支点もないので、仮に僕が越えられたとしても、 ダンをうまく確保できない。やむを得ない。ここから懸垂下降による 撤退しかないか。こうなることが分かっていたら、もっと早く懸垂下降による 撤退を決めて開始しておくべきだった……。なまじ登った分、余計に 降りなくてはならない。しかもシングルロープしかないのに。

さて、撤退を決めたのはいいが、懸垂用の適当な支点が無い……。 谷部の右側のスラブを、支点を探しながら登る。……支点が無いよぉ。 10m も登っただろうか、いよいよ急になってきたところで、ようやく 支点になりそうなクラックを見つける。TriCam 3.5 が極まる。ふぅ。 TriCam さまさま。近くの浅いフレークにスリングも掛けて、荷重分散を かけて、(確保/懸垂)支点としては何とか十分だろう。 足場はよくないが、贅沢は言っていられない。 実は元々は、支点からロワーダウンしたかったのだが、 既にとうに登り過ぎているので、ダンにここまで登ってもらうしかない。 ダンが登るのを確保。

ことここに至り、辺りは真っ暗に近くなっている。少し雨も降り出したか。 ダンは疲れた様子で元気ない。ここから撤退することをゆっくりと冷静に説明し、 何も恐れることはないと励ます。着るものを着て暖かくして、 少しものを食べて水分を取って、 ヘッドランプを出して……なんてこったい、 僕はヘッドランプを小屋に置き忘れてきてしまっている!! 朝は確かにあったのに。ひどすぎる……今日に限って。

計画は、この谷(Shallow Gully; Severe)に沿って懸垂下降する。 まず、谷部なので、迷わない。また、谷部なので、支点が取りやすいだろう、 というのが目論見。実際、この岩場は支点が取りにくいのは既に嫌という ほど経験してきたから、それは重要だ。

50m のシングルロープなので、1ピッチ最大 25m しか懸垂できない。 今まで 4ピッチ、いずれもザイルをほとんど全て出して登ってきたから、 少なくとも 6ピッチは必要そうだ。現在、16:30。 慌てても、じたばたしても始まらない。 1ピッチ、1ピッチ慎重に下るのみだ。懸垂支点をセットするのは僕になるから、 僕がまず降りて、支点をセットした後、ダンを呼ぶことになる。つまり、 僕がダンのヘッドランプ(それも電池が十分とは言い難い……LEDだから 切れることはないにせよ、100% の明るさとはほど遠い)を借りるわけだ。 — 「究極のアルパイン・クライマーとしては、 ヘッドランプのように重いものは削って二人パーティーで一つ、 最小重量主義でいくってわけだ」 なんて冗談を飛ばすも、全然しゃれになってない……。

食べ物を取って、ダンは少し元気になったようだ。曰く

冷静に考えたらさ、今後、(自分が)クライミングを続けていく以上、 遅かれ早かれこんな状況にはいつか出くわすわけだから、それを考えると、 (経験豊かな)まさと一緒にこういう状況に出会えたってのは、最高に幸運だよ。

ありがとう。
褒め言葉に浮き上がっている場合では全くないのでそれはいいんだけど、 君が元気になってくれて何よりだ。 お互いにしっかりとやるべきことをやって、この状況を無事に脱しようね。
幸い、部の仲間に携帯電話で連絡がついたので、遅くなることを知らせておく。 申し訳ないが、速く降りることは、今は全く考えられない。

ダンと僕と二人の懸垂のセットを済ませて(つまり、僕が懸垂を終えない限り、 ダンは懸垂システムから脱出するのは困難。ただし、こうすることで、 ヘッドランプの灯の下で二人でダブルチェックできる — この状況では 最善の方法だと、今、振り返っても確信する)、 懸垂下降第一ピッチ、垂壁上を谷部に降りていく。周り以上に暗い谷部に降りると、 後戻りできない、という感覚がひしひしと迫ってくる。 今後は、懸垂下降を続けるのみ。第一ピッチの支点をセットして、 ザイルを引いて回収可能性をテストしてから、ダンを呼ぶ。 済まないね、雨の暗闇の中で待たせてしまって。

ダンが降りてくる。
ダンの自己確保を確認。
ダンがザイルから離れる。
ザイルの末端の結び目を解く。
内側の方のザイルの末端をカラビナに結びつける。
ザイルを引く — 回収完了。
懸垂支点を再度確認。ザイルを懸垂支点に通す。
末端に結び目を作る。
ザイルを投げる。
プルージックをセット。確認。
下降器セット。確認。
ダンのセットも同様に。確認。
全てを再確認。ただ冷静にすべきことを確実にするのみ。
ゆっくりと身を投げ出す。次のピッチの懸垂下降開始。

こうして、1ピッチ、1ピッチ、懸垂下降を進めていった。 それでもどこか焦りや恐怖があったのだろう。 2ピッチ目の支点作りの最中、スリングがナイフでなかなか切れなくて 業を煮やしてナイフを引いたら、それが実は刃の側で人指指をざっくり 切ってしまった……。暗くてよく見えなかったのだ。ばんそうこうを 張るも、すぐ血で真っ赤に染まり、あまり意味がない。結局、出血は 下降中、ずっと続くことになった。もっとも、アドレナリンのおかげか、 大して痛くは無く、そういう意味で作業に支障がなかったのは、不幸中の幸いか。

この下降、何が怖いと言って、満足な懸垂支点を作るのが恐ろしく骨だったこと。 懸垂下降が恐ろしい、というクライマーの話が、頭では今までも理解して いたも、今回、初めて身をもって体験することになった……。 懸垂下降の場合、懸垂支点が全てだから、それが飛ぶと、一巻の終わりだから。 たとえば、よさそうなフレークがあるも、少しぐらぐらするような — スリングを かけて体重をかけてみると、50cm 以上あるフレークがぼこっと取れて、 足下、そしてさらに下へと落ちていった。つまり、岩が脆く、 フレークさえ信頼できない。

ヘッドランプの光のもとでは、視界もごく限られてしまう。 おまけに雨が降っているから余計に悪い。一旦降りた後、 支点を求めて 3メートルほど登り返すことも何度かあった。 全ての懸垂支点は最低、二箇所からは取った。捨て縄類を 3、4本持参していたが、 全然足りない。特に荷重分散をかけるために、ほぼ毎ピッチ捨て縄を使うので。
(高価な)フレンズだろうがカラビナだろうが何だろうが、躊躇無く残置していく。 それはいいが……、最低 6ピッチ以上あるこの懸垂、最初にあまり使い過ぎると 後で困ったことになりかねないので、それなりの節約も必然。

たとえば、第 7ピッチの確保支点、三点で支点を作った。一個は、最後に残った フレンズの(かつ高価な)エイリアン。 ダンに、僕の懸垂の後、もし信頼できると思えば、エイリアンを 取ってきて、と頼んで、僕が体重をかけるやいなや、一個の支点が飛ぶ。 エイリアンで持っている、とダン。オーケー、じゃぁ、エイリアンを そのまま残置してくれ、と伝えて懸垂続行。

この懸垂下降、僕のありとあらゆる知識を総動員して、何とか信頼度を少しでも上げる 必死の努力を傾倒していくことになった。オフセット・ナッツの オポジション(対抗)・セット、ヘックスの片側引きセット、ありとあらゆる 種類の荷重分散……。本でしか見たことがなかった知識がこんなところで 役に立つ。ある有名なクライマーが言っていた。 登山とは、可能な限りの知識を頭に詰め込んでおいて、必要になった時に それを引き出して使うものだ、と。まさに実感。
あとで計算すると、1ピッチに1時間弱かけていた。それだけ集中していたわけだ。 ダンはほとんどの時間、暗闇の中、灯も無く孤独に待っていたわけで、 それもおつかれさまだった。

こうして、計 8ピッチの懸垂の後、懸垂無く歩登攀で下れる 場所まで着いた。ほっとすること測り知れない……。ようやく生還が (ほぼ)確実になった瞬間。

もっとも、まだ多少の歩登攀が残っているし、 1時間の歩きもある。 少しの休みとザイルの片付けの後、油断は禁物と気を引き締めて 下っていき……、やがて、しっかりとした平坦な登山道に出る。 もう迷わない。

ここで、ダンに詫びる。初めての山岳登攀で大変な思いをさせて 済まなかった、と。実際、僕の登山人生の中でもこれは最悪の経験だった。 そんな場面に初めての山岳登攀の君に付き合わさせることになろうとは、 全く持って申し訳なかった。すでにクライマーの風格漂う君だったから 何とかなったか……。せめて、これを糧として下さい。

24:25 駐車場到着。マイクロバスが一台だけ待っている。

「ただいま! お待たせしてごめんなさい!」

タイム・テーブル

2007/11/23-25 North Wales 山行タイム・テーブル
時刻 行動 高度(m) 温度(℃) 歩数(複歩)
(計器) (地図)

表注:

2007/11/23
(Leicester → Capel Curig (山小屋))
18:30頃 Leicester 発
Capel Curig
26:00 就寝
2007/11/24
(hut → Clogwyn Gafr → hut)
08:40 起床
11:30頃
Clogwyn Gafr
14:00 8
16:30 7
17:00頃
23:40 就寝
2007/11/25
(hut → Pen-Y-Pass → Mallory's Slab → Pen-Y-Pass → Leicester)
07:20 起床
07:55
08:06 駐車場(Pen-Y-Pass) 7
10:00 登攀開始 7
13:00 第一ピッチ終了
16:30 懸垂用意開始
24:25 駐車場(Pen-Y-Pass)
29:00頃 Leicester

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まさ