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ノーベル物理学賞と青色発光ダイオード(LED)

今年のノーベル物理学賞が発表になりました。 日本人三人(正確には、中村修二さんは米国籍ですが)による受賞です。

近い将来、中村さんのノーベル物理学賞は確実だと 15年前に 僕は思っていたもので、むしろ遅過ぎるくらいでしょう。

今回の受賞理由は、(実用的)青色発光ダイオード(LED)の開発成功でした。 過去三十年間以上で、人類の日常生活にまで 直接の多大な影響を与えた物理学上の成果という意味で、 青色発光ダイオードの開発成功に勝るものはないと思います。 ノーベル物理学賞は確実だと、僕も含めて多くの物理学者や 半導体業界の人々が信じていた所以です。

念のため、「物理学上」が鍵です。たとえば、インターネットの隆盛は 間違いなくそれ以上の影響を与えていましょうが、それは明らかに 「物理学」ではありません。GPSも、あるいは計算機(コンピューター)の進化も、 工学の成果であって、物理学ではありません。 もっとも、青色発光ダイオードの開発が物理学と言えるかどうか、 という疑問の声は聞きました。 確かに化学や工学と重なる部分なので、それは一理あると思います。

以下、背景と僕の聞き知るところをちょっと解説します。

発光ダイオード(LED)とノーベル賞

まず発光ダイオード(LED)は、半導体の一種で、端的には、電流を流すことで 発光する性質があります。1990年代初めまで、実用化されていたのは、 端的には赤色発光ダイオードのみでした。緑が何とか可能、というレベル。 そこで、世界中で数多くの研究者が、青色発光ダイオードの開発に 血道を上げていました。

なぜ、青色発光ダイオードがそれほど重要だったのでしょう? ノーベル財団の受賞者決定の記者発表がそれを端的に言い表しています。 曰く、

the 21st century will be lit by LED lamps
「21世紀はLEDの光によって照らされるだろう」
http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/physics/laureates/2014/press.html

詩的(!)な文章にして、正鵠を射ています。

今、家庭や建物の光源から、信号や車のヘッドランプまで、LED全盛です。 これは、白色発光ダイオードができたからこそ可能になった話です。 また、特に発展途上国で電力が限られる場所では、LEDによって 初めて光が灯されたところが少なくないと聞きますし、今後も増加の 一途を辿る事は確実です。

LEDと旧来の照明器具の比較

その昔、いわゆる白熱電球しか無かった時代から、(特に日本では) 蛍光灯への転換が急速に進みました。理由は単純で、蛍光灯の方が はるかに効率がよく、つまり明るさあたりにして電気代がかからず、 また寿命がはるかに長いからです。蛍光灯の方が点灯に若干時間が かかる欠点を割引いて余りあります。LEDは、蛍光灯に比べても、 効率も寿命も優れています。だから、LEDが加速度的に使われるように なってきているのは当然です。

ただし、2014年現在で、最高性能の蛍光灯は良質の LED並のエネルギー効率を達成しています。 LEDは今も年々急速に進化している一方、 蛍光灯は限界性能に近づいているようなので、 今後は差が開いていくと予想されます。

加えて、LEDは、蛍光灯のように点灯に時間がかかる事も無く、 また発光体の単位面積あたりにして高光量を達成できます。 信号機や車のランプに蛍光灯が使われる事は考えられません でしたが、LEDならば可能、いや従来の電球よりも (ずっと)優れています。たとえば信号機であれば、電球が切れて 信号がつかないという事故も激減し、定期点検にかかる 費用も電気代も桁で削減でき、加えて明るい、と好い事づくめです。

さらに、電球や蛍光灯に比べて対衝撃性は遥かに優れています。 端的には、外側からの衝撃で簡単には破壊されません。 また、破壊された時の環境汚染も優れています。特に蛍光灯の 場合は、水銀による汚染が問題になります。例えば蛍光灯を割った 子供は、水銀汚染に晒されます。

僕は、2000年に、ペツル社が初めて世に出した白色LEDの ヘッドランプを山用に購入しました。当時まだ相対的に高価でしたが、 旧来のヘッドランプとは比較にならず、大いに満足でした。 実際、山仲間の羨望を集め、一人また一人と LEDヘッドランプに 移行して行ったものでした。低価格化と技術革新が進んだ今現在では、 山屋で LED以外のヘッドランプを購入する事はほぼ考えられない 状況になっています。およそ勝る点がないので。

なお、LEDの方が、蛍光灯に比べて製造するのは大変なので、 製造から使用、廃棄(ゴミ処理)まで全てを考慮したライフサイクル アセスメント(LCA)で環境負荷を考えた時に、たとえば家庭用一般光源と して蛍光灯に勝るかどうかは、一概には言えない、と理解しています。 信号機や電力が限られる地域など特定の目的ならば LEDの優位に 疑いはありませんが。

照明器具のエネルギー効率性の直感的理解

この高効率性は、エネルギー収支として直感的に感じられます。 従来の電球はとっても熱くなりますよね? 端的には、光っている 電球に手を触れると火傷します。蛍光灯はそれよりずっとましですが、 それでも明るい蛍光灯の周りはやっぱり温かくなるのが感じられます。 一方、LEDは、ほとんど温度が変わりません(白色LEDは多少 発熱しますが、それでも蛍光灯よりはずっと冷たいです)。

電力とはエネルギーであり、エネルギーを消費するのは、基本的には 光か熱か音か運動でしかありません。電球も蛍光灯もLEDも、音も発し なければ運動もしない(動かない)ので、要は、熱を発すれば発する程、 それは(光を発する目的に)非効率、ということを意味します。 逆に言えば、昔の三畳一間で凍える冬の夜に電球を灯して暖を取る、 という目的であれば、LEDは最悪ということになりますね。

青色LEDと白色LEDとノーベル賞

この現代全盛で、今後も拡大の一途を辿るに違いない白色LED ですが、その開発は、青色LEDの開発成功無しでは不可能でした。 1980年代半ばまでに赤色LEDも(疑似)緑色LEDも開発されていましたが、 青色LEDだけは残された課題でした。当時、世界中で数多の研究者が 青色LED開発に血道を上げるも、誰も成功できず、一時は、ひょっと したら原理的に無理なのではないか、という悲観論も出ていたほどです。 それに革命を起こし、青色LED開発に成功したのが、今回ノーベル物理学賞 受賞の三人です。現代の社会に与えた直接的影響を考えれば、その功績が ノーベル賞に値することは疑いないでしょう。

白色LED(あるいはそれと等価なもの)には二、三の型がありますが、 いずれも、青色LED無しには、白色を達成するのは不可能です。 なぜでしょう?

まず、ちょうどテレビのブラウン管のように光の三原色で白色を実現する ためには、赤、緑の発光体(発光ダイオード)に加えて、青色が必然です。

一方、現実的に日用品として市場に出回っているる型のほとんどは、 蛍光によって白色を発光する型です。そのためには、原理的に、 その大元の光源として青色(または紫外線)の発光体が不可欠です。 端的には、白色LEDとは、青色LEDにフィルターをかけたようなもの、 というわけです。だからこそ、青色LEDは白色LEDの開発に不可欠なのでした。

興味のある方は、末尾の 「白色LEDの原理」 の章をご覧になってみて下さい。もう少し原理に立入って解説しています。

青色LEDの応用

青色LEDは、白色LEDの不可欠な裏役として照明器具に大活躍していますが、 青色LEDの開発意義はそれだけに留まりません。

LEDの光は一般に単色、つまり波長が揃っているため、それを利用して 高強度の半導体レーザーを作成することが原理的に可能で、実際、 広く作られています。 これら(半導体)レーザーは、コンピューターの心臓部である (超)集積回路を製造する際のエッチングに不可欠です。

集積回路の速度およびエネルギー効率(電力消費量)は、どれだけ 微細に作られるか、つまりどれだけ狭い空間内に電子回路を密集させ られるか、で決まります(無論、それだけではないにせよ)。 その際、その理論的な限界精度は、エッチングに使われる光(レーザー)の 波長に左右されます。赤色と青色とでは 2倍近く異なってきて、 青色の方が断然有利です。紫外線であれば、それ以上です。

ご存知のように、コンピューターの速度は毎年のように向上し続けて いますし(「ムーアの法則」として有名です)、現代の文明社会は コンピューター無しでは一日も回りません。 スマートフォンのように、20年前では想像もできなかったほど 小型で高性能で、電力消費量の低い、つまりバッテリーでも 長時間持続使用できるものが、一般消費者の手が届く価格で 提供されるようになっています。

その技術向上において、青色(や、その上位にある紫外線)半導体レーザーが 切開いた世界は大変大きなインパクトがあったことでしょう。 端的には、赤色に比べて、理論的限界値が倍増したわけですから。

まだまだ理論的限界には達していなかったとは思いますが。

中村修二さんと日本社会

さて、今回ノーベル物理学賞受賞した三人の中で、赤崎勇、 天野浩の両氏に比較して、中村修二さんが一般にはずっと有名だと 思います。実際、1990年代後半、日本の大学や研究所や半導体関連 企業の間で、中村修二さんの名前は僕もよく耳にしました。

ただし、一般に「有名」であることが、その成果の科学的意義が 大きいことを意味するわけではありません! 実際、研究成果的には、 赤崎・天野氏の意義の方が大きいのでは、という声も聞きました。

当時、中村さんは徳島の日亜化学の社員で研究者でした。学会の潮流と しては無理筋と思われていた方向性で一匹狼的に研究を進めていたそうです。 日亜化学のグループが、というより、中村修二が、という印象だった 記憶があります。結果的に、それで青色LED開発の成功に導いたので、 業界をあっと言わせたように聞きました。 世間に出回り始めた当初、青色LED手に入れたぜ、 と同僚が自慢げに見せびらかしていたのを思い出します。

青色LEDの有用性は当時から明らかでしたし、一番乗りに成功した 日亜化学は当然、大儲けすることになりました。四国の片田舎の 一会社から世界的な企業へと成長しました。徳島の道路の 信号は、全国に先駆けてLEDに次々に新調されていったとか。

日亜化学は、原動力の中村修二さんに、その功績にボーナスを出しました。 1万円の(2万円とも聞きましたが)。

氏としてはそれではさすがに面白くなかったでしょうね。 そのうちカリフォルニア大学の招きに応じて教授として就任し、 やがて日亜化学を相手取って氏が日亜化学時代に取った青色LED関連特許に 対して正当な対価を支払うことを求めて訴訟を起こしました(404特許訴訟)。 一審判決では日亜化学側の敗訴で、氏に対して 200億円の支払いが命じられました。 控訴した二審で、日亜化学側が 8億4000万円を支払うことで和解が成立しました。

今回、氏は晴れて、ノーベル賞を受賞しました。氏はすでに米国籍を 取得しているため、日本国籍ではないはずです(米国では二重国籍が 認められるが、日本では認められないため)。だから、今回の「快挙」は 日本人によるものとは見なされないことになりますね。 2008年の南部陽一郎氏と同様に。

南部さんの場合は、素粒子物理学なので、加速器に大金をつぎこめる 経済力のあった米国に渡米するのはよく分かります。特にその昔は。 一方、半導体物理の場合、それこそ江崎玲於奈(1973年ノーベル物理学賞) をはじめ、伝統的に日本が強い分野ですし、実際、今回同時受賞の 赤崎・天野両氏は日本で研究なさってきました。

中村さんの研究成果が凄いものだったことは、当時でもすでに明らか でした(もっとも業界の噂以上の話は存じないので、個人的には とても断言するだけの根拠はありませんが……)。遠くない将来、 ノーベル賞受賞が確実だと言うのは、青色LEDの意義を少しでも 知る多くの人々にとって共通認識だったでしょう。

もし日亜化学に氏を引き止めるだけの度量があれば、あるいは 日本の他の大学(私学になりましょうか)が招聘するだけの器量があれば、 今や、ノーベル賞受賞者を抱するとして、大変なネームバリューに なったことでしょうに。勿論、それだけでなく、氏ほどの天才は カリフォルニア大でも引続き画期的な発見をした、と聞きます。 カリフォルニア大がどういう契約条件で氏を招いたのかは 存じませんが、随分と安い買い物になりましたね。

中村さんほど常識の枠に囚われない天才を抱することは日本では 難しいんでしょうねぇ。公平に言って、それはきっと誰にとっても 難しいことではありましょう。しかし、世紀の発見に対して 1万円の報酬というのが漫画並みに事情が端的に顕われている気がします。 そして、広い日本全国見渡してさえ、受け容れられる器が無くて、 渡米する事になったのだろうなぁ、 という感想を今回改めて抱いたのでした。

2014年ノーベル物理学賞に関する四方山話でした。

(2014-10-08; 10/13に多少、加筆修正)


上の文章を書いた後、ある友人から、日亜化学に かつて勤めていた知人の話というのを聞きました。曰く、

中村氏は会社内では異例の出世に年収数千万の給料まで確約されていたし、 第一、研究は会社の出資でやっていたのに何よ。 ほとんどの研究者は大したこともせずに給料だけ貰っている中、 たまたま成功したからってねっ。

僕が、日本が面白いと思うのは、抜きん出る人が出た時、同僚から、 だから他の人よりも厚遇されるべき、と応援されるのではなく、 あるいはこんな凄い奴が自分たちの仲間にいる、と誇らしく思われるのでもなく、 その方が、自分やまして階級が上の人々 (上司とか社長とか)よりも偉くなるのはけしからん、 として足を引っ張られることが往々にしてある、いやむしろ普通なことですね。 「出る杭は打たれる」という諺が存在してよく使われるだけのことはあるなぁって……。

そういう意味では、 中村さんほどの破天荒の天才が組織にいても、持て余すのが関の山で、 (彼を特別待遇することで)社員の反感を買ってマイナス面が目につくならば、 彼を追い出して会社内に本来の階級制度に則った「秩序」を回復させた、 現小川英治社長の経営戦略は実は正しい判断だったのかも知れません。

(2014-10-11)


白色LEDの原理

三原色 (光の三原色と絵画の三原色)

ブラウン管に代表されるように、フルカラーで光を表示する ためには、三原色が必要です。 ただし、三原色には、二種類あります。

  • 光の三原色: 赤・緑・青
  • 絵画における三原色: 赤・黄・青

後者の、絵画における三原色とは、 この三色の絵の具をパレットに取って混ぜる事でどの色も再現できる、 というものです。昔、学校ではそう習いました。 ただし、本当のところは、これは正しくない、 つまり再現困難な色があるのが実情のようで、だからこそ、近来のプリンターは、 シアン(水色に近い青緑)・マゼンタ(ピンクに近い紫)・イエロー(黄) が使われるのが普通です。

キー(通常、黒色)を加えて、CMYKと呼ばれます。

いずれにせよ、絵の具の色の混合と光の色の混合とは、話が 180度 異なります。前者は、光が反射されたもの、つまり吸収され なかった光の色を見ているものです(「減法混合」と呼ばれます)。 逆に、後者は、光自体の色を見ています(「加法混合」と呼ばれます)。 だから、後者の「光の三原色」は、CMYではなく、赤・緑・青(RGB)に なるものです。

次のように考えてみるといいかも知れません。

たとえば、CMYの絵の具三色を混ぜると黒色になります。全ての 光が吸収されるからです。そして、CMYで白色を再現することは不可能です。 白色とは、どの光も吸収されていない、 つまりどの絵の具も塗られていない状態のことですから。

一方、光の三原色(RGB)を混ぜ合わせると、それは白色になります。 白色とは、全ての光を見ている状態だからです。 逆に、黒色は混合わせでは再現できません。光が一切出ていない状況が黒色だからです。

白色LEDの原理と青色LEDの必然性

RGB(光の三原色)でフルカラーを達成しているブラウン管と同様の原理で 白色を達成するには、青色LEDが当然、不可欠です。赤と緑を足しても 黄色にしかなりません。

黄色になるのが、絵の具から類推される直感とは異なるところ。

スタジアムなどにあるような大型LEDディスプレイはこの原理で動いている のが普通ではないかと思います。

一方、家庭用照明器具などの小型の白色LEDは、 元の光を反射して蛍光を発する事で白色を達成しています。 この白色は、青から赤までおおむね連続した波長の(=色の)光が出ているものです。 その際、蛍光の原理として、元の光源よりも波長の短い光を発することはできません。

これは、光子で考えると少し分かり易いかも知れません。 まず、波長が短い光とは、端的には、光子一個一個のエネルギーが 高いことを意味します。
電波 < 赤外線 < 赤色 < 緑色 < 青色 < 紫外線 < X線 < γ線
の順で、光子のエネルギーが高くなります(波長が短くなる)。 だから、紫外線で火傷(日焼け)し、それよりさらに波長が短いX線は 多く浴びればさらに深刻な被害にあう次第。原発の場合は、γ線、と。

「蛍光」とは、物質の原子中の電子が光子(の全エネルギー)を吸収した結果、 励起し、同電子が励起状態から(最初の)基底状態に戻る際に、 吸収して得たエネルギーと等価の光子を発する現象です。 励起状態から基底状態に戻る時に、もし一気に戻れば、吸収した光子と等価のエネルギー (つまり同色)の光子を放射します。しかし、一気に戻るとは限らなくて、 中間状態を経ることが多々あります。たとえば、 青色の光子(エネルギー約2.6eV)を吸収した電子が、一旦、橙色の光子 (エネルギー約2.1eV)を放射すれば、その電子は、その後、 基底状態に戻る際に残りのエネルギー(2.6-2.1 = 0.5eV)の光子(←近赤外線に相当) を放出します。

だから、蛍光では、原理的に、 最初に受け取った光子よりも高いエネルギーの光子を放射することはありません。

厳密には、「共鳴蛍光」という現象が無くはありませんが、 例外的な現象ですし無視して結構です。

つまり、たとえば電子が元々受け取った光子が赤色(に相当するエネルギーを持つ) であれば、赤色(または赤外線や電波)の光子しか出てきません。 元々受け取った光子が緑色であれば、緑色、黄色、 橙色、赤色(または赤外線や電波)の光子が出てくる可能性がありますが、 青色の光子が出てくる事はありません。 だから、青色の光子が出てくるためには、 電子が元々受け取る光子が青色(あるいはそれよりさらに青い紫外線) であることが不可欠です。

上述したように、人間の目(の神経組織)に白色と感じられるためには、 赤、緑、青の三色が最低必要です(もしくは赤から青までの連続した光が)。 だから、白色LEDを実現するためには、青色LEDが必要不可欠な次第です。

なお、旧来の蛍光灯も、やっていることは、(名前の通り)似ています。 蛍光灯の場合、元の光源が、放電で発生する紫外線です。紫外線は 青色光子よりもさらにエネルギーが高いので、可視光のどんな色でも 出せることになります。もっとも、青色LEDが開発されて以来、その原理を 応用して、今では紫外線LEDも開発されていて、普通に入手もできますが。

余談ながら、上の白色LEDの例で赤外線の光子が放出される例が出て きましたが、赤外線は人間の目には感じられないので、その分は、 (光を放射する目的にとって)エネルギーが無駄遣いされていることに なります。だから、LEDとは言え、白色LEDの場合は、相応のエネルギー 損失があります。この赤外線が近くの物体に吸収されれば、 熱と感じられます。 小型の大光量白色LED(ヘッド)ランプが温かく感じられるのはそのためです。 蛍光灯よりはましとは言え。 そういう意味では、ブラウン管タイプの、そもそも蛍光を用いない LED(大型)ディスプレイは、エネルギー効率がさらに優れていることになりますね。 蛍光を使用しないため、原理的に無駄遣いが最小限なので。

ただし、同タイプのものは、色に偏りがあるため、 照明器具として使うには一般に不適切とされています。 反射した光の色、つまり照らされるものの色が、自然光とは異なることがよくあるため。

以上が、白色LEDの原理で、白色LEDの開発に青色LEDが必須だった理由です。 端的には、白色LEDとは、青色LEDにフィルターをかけたようなもの、 というわけです。

(2014-10-08; 10/13に多少、加筆修正)

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