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BBC報道以降のジャニーズ事務所と芸能界と性加害

1 火付け: 3月のBBCドキュメンタリー

ジャニー喜多川こと喜多川擴氏(以下、敬称略)は言わずと知れたジャニーズ事務所の創業者であり、死ぬまで最高経営責任者と君臨していた。そしてジャニーズ事務所こそ、何十年にもわたって数々の若手男性タレントを輩出してきた、日本でおそらく史上最大の芸能事務所だ。 実際、同氏は

  • 「最も多くのコンサートをプロデュースした人物」
  • 「最も多くのナンバーワン・シングルをプロデュースした人物」

というギネス世界記録を持つ。

そのジャニー喜多川に、事務所所属への少年への性加害疑惑が報道された。実は性加害疑惑自体は1990年代から文春報道をはじめ取り沙汰されていた。当時は大きな問題にはならなかった——少なくともジャニーズ事務所の経営にも、まして事務所存続にも何の問題もなかった。しかし、2023年にBBCがドキュメンタリーPredator: The Secret Scandal of J-Pop」として特集して以降、一気に問題がクローズアップされてきた。

実は英国には、Jimmy Savile (ジミー・サヴィール)という有名パーソナリティー(テレビ司会など)が、84歳で死んだ翌年の2012年になって、生涯にわたって少年(主に女児)へ強姦を含む性加害を繰り返してきたことが明らかになった。英国社会に衝撃を与える一大問題になった(英語Wikipediaの該当項目)。警察は450件について調査したと報道され、被害者は少なくとも数百人にのぼると考えられる。なおここで、警察が調査に着手したのは、本人の死後であることに注意。ジャニー喜多川に少し似て、生前も性加害の噂がなかったわけではないが、大きな問題になることはなかった。

その結果、サヴィールに生前与えられていたいくつもの称号が死後に剥奪された。彼に与えられた(英国の正式な)貴族号(Sir)については、死後剥奪の制度がない、という理由で、現在もそのままである。ただし、今やサヴィールが貴族号付きで呼ばれることはほぼ考えられない。一般論としては、報道などでは、貴族号を送られた多くの有名人が貴族号(Sir)付きで呼称される(例: Sir David Frederick Attenborough)ものだが。サヴィールは、近年の英国で最悪の犯罪者の一人として記憶されているからだ。

BBCが日本のジャニー喜多川に興味を持ってわざわざ1時間のドキュメンタリーとして採り上げたのには、英国社会のそんな背景があったとは思う。しかし、背景の如何を問わず、あるいは「外圧」と言われようが、このドキュメンタリーはいわば日本の恥部に光を当てた形になった。日本(の芸能界)が今まで自浄できなかった以上、このドキュメンタリーが改善のきっかけになるならば、まことに喜ばしいと思う。


2 少年への性犯罪とジャニー喜多川

BBCドキュメンタリーに始まり今までに報道されてきた数々の証言や証拠から判断して、ジャニー喜多川が主に自社所属の未成年男子に対して繰り返しどころかほぼ恒常的に性加害を働いてきていたことは疑いない。その被害者の数と規模(数百人かそれ以上?)、被害者の社会的地位、そして87歳で没するまで一切罪を問われることがなかった、という意味で、日本の性犯罪史上でも稀有な記録的犯罪であること疑いない。いや、被害者の数から言って、日本の全犯罪史上でも有数と言えそうだ。

漫画の世界であれば、日本の〇〇界を牛耳る闇のボスが子飼いの若い芸能人やスポーツ選手を性奴隷にするようなプロットも見たことある。しかし、それを実地で行くようなことが半世紀にわたって実際にあったのは、恐るべきことだと感じる。しかも、それがほぼ明らかになった今も、大きな変化がない様子なのは、ある意味ではそれ以上に恐怖である。

未成年への性的虐待は、本人に生涯にわたってトラウマになる、という意味で、成年への性加害以上に深刻であろう。“少年”(以下、法律用語の未成年という意味で使う)は、当然力もなく、一般には保護されるべき存在であると、本人も周囲も理解している。だからこそ、自分の保護下にある少年への性加害は、大人同士での「立場を利用したセクハラ」またはパワハラ+セクハラをはるかに増幅した形と理解されるべきだ。

また、被害者がしばしば加害者をかばうケースも少年への性加害においてはよく見られるという。DV(家庭内暴力)に似ているも、傷害を負ったのが少年期だけに、一層深刻になる傾向があるということだ。しかも、被害を受けている最中だけでなく、成人したずっと後になっても、そういう傾向があることが観察される。被害者自身のアイデンティティに関わるからであろうか(参考: BBC(日本語): グルーミングとは……性的被害専門のセラピストに聞く)。

だからこそ、少年への性加害は、成人対象の性加害よりもはるかに厳しく罰せられるべきであり、予防されるべきであろう。先進国では一般に、少年への性犯罪は、大人同士の性犯罪よりも罰が重いと理解している。少なくとも英国ではその傾向は顕著であり、子供に対する性犯罪は大きく報道され、また特に唾棄すべき行動と社会的に見做されている。英語には、自動に対する性犯罪者を指す「paedophile」という単語が存在することもその現れの一つだろうか。

一般に、男性による男性への性加害には、本人の性癖もさることながら、「力と支配の問題」が大きな要因と聞く(女性から女性も類似していても驚かないが、私には知識がない)。たとえば、米軍内のレイプ事情を取材したGQ JAPAN編集部の記事(2015年1月11日)にもその様子が語られている。 あるいは、Nicolai Lilinによる自伝的小説(英語)『Siberian Education』(2010年)に描かれるロシアの刑務所内でも(男から男への)レイプがまさに支配の道具として使われていたのを思い出す。

ジャニー喜多川の場合、1953年頃にすでに当時8歳の男児に性加害に及んだ証言がでてきた(日刊ゲンダイ(2023-07-05): 国民栄誉賞作曲家の次男がジャニー喜多川氏からの性被害を告白 「8歳の時に自宅部屋で…」。昔から男児を好む性癖だったのかも知れない。 とはいえ、意図的であれ結果的であれ、男児への性加害が、手懐ける、支配の道具の一つとして使われていた側面はきっとあるように思う。グルーミングの恐ろしさでもあろう。

なお、実は日本では、従来の強姦罪(刑法177条)は、被害者が男性の場合は対象とされておらず、また肛門性交と口腔性交とは対象とされていなかった。2017年7月に110年ぶりに大幅改正され、「強制性交等」罪と名称変更されて初めて、被害者の性別を区別せず、また性交、肛門性交又は口腔性交を対象とするように、そして親告罪から非親告罪へと変更された。つまり、ジャニー喜多川(2019年7月没)の犯罪は(以降もあったかもしれないが基本的には)それ以前であり、また性加害の対象が男子であった以上、当時の刑法第177条には該当しないことになる。

当時の法律でもさすがに完全に無罪ということはなくて、暴行罪か何かの罪に問われることと想像はするものの、法律の専門家ならぬ私にはわからない。2002年、東京高裁は、民事裁判においてジャニー喜多川の少年らへの性加害行為を認定している(たとえば日本語Wikipedia)が、その後、それは特に問題にならず、まして刑事法廷に持ち込まれたこともない。当時の強姦罪がそれに影響を与えているのかどうか?


3 芸能界と社会に突きつけられる課題

3.1 ジャニーズのアーティストとファン

ジャニー喜多川の犯罪事実はあっても、日本の音楽界への貢献で相殺される、というトーンの意見を時に目にする。たとえば、ジャニーズ事務所に育てられた新旧アイドルのファンの立場として、ジャニー喜多川を全否定するのに抵抗があることは、心情的には理解できる。

しかし、その考え方は私ははっきりと反対する。 たとえば、アウトバーンを整備したり良いこともしたからと言って、ナチの犯罪は決して相殺されない。犯罪は犯罪だ。そして、ナチの「良いこと」もまた、ナチの悪行によって(経済的、政治的に)支えられていたのが事実である。

ジャニーズ出身のアーティストに関して言えば、罪はない、とは言えるかも知れない。

ただし、異論はあり得て、隣人に対して明白な犯罪行為が行われていることを知りつつ、それについて口をつぐんでいることは、一般に犯罪だ。ジャニー喜多川の場合は、ジャニーズ少年を集めた合宿所で常時犯罪が行われていて、それはそこにいる人々には周知の事実だったと聞く。そういう意味では、合宿所上がりのジャニーズタレントはグレーという主張はあり得るだろう。ただし、子供については、それを罪とは問えないというポイントはある。また、そもそも、犯罪と認識していなかった少年も多かったかも知れない。そして、彼ら自身もまた程度の差こそあれ被害者だった以上、それももちろん考慮すべきだ。

また、成功したジャニーズのアーティストであれば、仮に、自身は本当に全く知らなかったとしても、そんな暗部を抱えたジャニーズ事務所のサポートが成功要因であった以上、相応の道徳的課題が投げかけられることにはなるだろう。ナチに支えられたアーティストの道義的責任と同じ意味だ。

ジャニーズ事務所に育てられたアイドルあるいはアーティストのファンにとっても、これは深刻な問題になるかも知れない。あなたが推しているアイドルは、ジャニー喜多川に見出され、育てられたかも知れない。しかしその陰で、同じくらいあるいはそれ以上に才能のあった他の潜在的アーティストが、ジャニー喜多川の一存で、たとえば性交渉に応じなかったという理由で、潰されたとしたらどうだろう? 実際、どれほどジャニー喜多川の「歓心を買うか」が、プロモーションにおいて相応の要素になったことは確からしい。だから、そのように不当に虐げられた人がきっとたくさんいた、というのが必然的な結論になる。

ジャニー喜多川の行動は、彼の社会的影響が巨大だっただけに、その影響も巨大であり、したがって彼の犯罪の影響もまた巨大だ。多くの人が否応なしに見つめないといけない問題になっていると思う。


3.2 ジャニーズ外部関係者、メディア、芸能界

同様のことは、ジャニーズ事務所と外から 関わってきた他のすべてのアーティストやメディアにも言えるだろう。 そういう(外部の)関係者は、「自分は(性加害について)知らなかった」かも知れない。 しかし、そうであったとしても、もう知っているはずだ。ならば、相応の道徳的課題が投げかけられるのは不可避だ。

ジャニーズ事務所のおかげで儲けたり出世できた関係者にとっては、これは重い問いかけだろう。

少なくとも、今や、ジャニー喜多川への感謝を臆面もなく口にするのは、倫理的に疑問の行為だと私は考える。 ジャニーズ事務所の過去は、トップの性犯罪で汚染されていたことが今では明らかになった。だから、関係者にとっては、言ってみれば、自分を支えてくれた芸能事務所が実は極悪暴力団だったことがわかった、というような感じだ。その暴力団に感謝の気持ちを臆面もなく口にできるか?

ナチの例を使えば、ナチによって支えられたアーティストが、ナチが断罪された戦後、ナチへの感謝を口にしたらどうなるか? そのアーティストの栄光は、いわば何百万ものユダヤ人の血で支えられていたことになるわけだが?

念のため、もしジャニー喜多川が事業とは全く関係ないプライベートにて犯罪を犯したのであれば、それは所属アーティストや関係者には何の関係もない、と言える。せいぜい「世間体」の問題だけだ。例として、ジャニー喜多川が夜道に行きずりの子供を強姦やあるいは殺人していたとしても、それ自体はジャニーズ事務所には関係ない、と言い切ってもいい。しかし、ジャニー喜多川の現実の性犯罪はそうではなく、ジャニーズ事務所に直接関係する少年たちを迫害する犯罪だった。ジャニーズ事務所として世話し、保護下ないしは支配下にある少年をこそ迫害したものだ。だかからこそ、それはジャニー喜多川個人を超えて、ジャニーズ事務所の問題であり、また同事務所に関わってきた関係者全体に問題を突きつけていることにもなる。

ジャニーズ事務所は、メディアやテレビ局に対して、その影響力を行使することに躊躇なかったことは伝えられている。 たとえば、1981年の話:

「おまけに共同経営者である弟のジャニーが、ウチのタレントの男の子たちにヘンなことをしているなンて中傷もいいとこ!」 「「週刊現代』の編集長が謝罪すると言ってきてますけど、わたし、許しません!講談社の『月刊少女フレンド』をはじめとする全出版物に、たのきんトリオをふくめたウチのタレントの写真掲載、取材は、今後一切お断りします。なにしろ、少女雑誌の三分の一は、ウチのタレントのグラビアと記事でもっているわけですからね。それがどういうことを意味するか、十二分におわかりだと思いますけど」 (週刊文春・昭和56年5月28日号)

あるいはもっと最近(2019年)では、

2019年7月17日、ジャニーズ事務所が公正取引委員会から「注意」を受けたことが報じられた。ジャニー喜多川氏の死去から8日後のことだ。具体的には、ジャニーズ事務所が民放テレビ局などに対し、元SMAPの3人(新しい地図)を「出演させないよう圧力をかけていた疑いがある」とされた。

ジャニー喜多川氏が、直接“圧力”をかけようとしていたことを示す証言もある。『ミュージックステーション』のプロデューサーだった皇達也氏は、他のプロダクションの男性アイドルの出演を考えていた際、ジャニー氏から「出したらいいじゃない。ただ、うちのタレントと被るから、うちは出さない方がいいね」と、いわゆる“タレント引き上げ”をほのめかされたと話している(『週刊新潮』2019年7月25日号)。

(出典: 「ジャニーズ事務所は身動きが取れなくなっている」ジャニー喜多川氏の性的虐待疑惑という重すぎる負の遺産 —— 性被害当事者が声を挙げテレビ業界も動揺している, 松谷 創一郎, PRESIDENT Online, 2023-04-12)

あるいは、広告代理店でも、ごく最近の2023年3月においても自主規制が行われていた報告もある。

2023年3月31日発売の『広告』最新号(Vol.417)では、「ジャニーズは、いかに大衆文化たりうるのか」と題し、社会学者・田島悠来氏と批評家・矢野利裕氏の対談記事を掲載した。

際に、

しかし、記事末尾には「本記事は、ビジネスパートナーであるジャニーズ事務所への配慮の観点から、博報堂広報室長の判断により一部表現を削除しています」と記され、矢野氏がインターネット上で、ジャニー喜多川氏の「セクシュアル・ハラスメントの問題」が削除されたと打ち明けていた。

(ジャニー喜多川氏の記述削除、博報堂の雑誌編集長が経緯説明 「広告会社の悪しき『文化』」指摘、会社に要望も (J Cast, 2023-04-04))

朝日新聞論説委員の田玉恵美氏のごく最近の記事(2023-07-08)
「嵐が過ぎ去るのを待つ」でいいのか ジャニーズ問題とテレビ局
によれば、

テレビをつけていると、ジャニーズ事務所のタレントが毎日のように目に入ってくる。

調べると、定期出演している番組は地上波の夜だけで週に30本を超える。

とのこと。ジャニーズ事務所のタレントはテレビ局に大人気だ。だからこそ、ジャニーズ事務所も、時には強引な影響力を行使することもできるのだろう。

象徴的なのが、松尾潔氏の2023-01-08のつぶやきだった。ジャニーズ事務所に関する言動が引き金になって、はからずも突然ある係争の当事者になった氏のところには、取材依頼が殺到したと言う。しかし、

(追記(2023-07-12): 松尾潔氏によると(2027-07-08 tweet)、音楽雑誌取材もゼロ、ということ。文春は、2023-07-11の記事にて、大新聞については週刊誌を軽視する傾向も一因だったと指摘する。)

最後、前述の松谷創一郎氏のPRESIDENT誌記事に別のポイントも触れられている。

人権意識に反すればタレントの海外進出は難しい

さらにこの一件にちゃんと向き合わなければ、今後ジャニーズ事務所の海外展開は絶望的となる。

少なくとも、BBCで大きく報道された英国において、この件をうやむやにしたままジャニーズ事務所のタレントが進出するのは不可能だと私は感じる。小児性愛の罪についてはことさらに厳しく、ただでさえジミー・サヴィールの件が社会に大きな衝撃を与えた英国において、とても許されることではなかろう。ジャニーズ事務所はいわば、過去のタレントに傷を塗っただけでなく、現役アーティストの未来も閉ざしている、とさえ言えるかもしれない。


4 2023年3月以降の事件と論考(時系列)

以下、本件について、私の目に留まった情報の中で主だったものを、現在までの記録までにまとめておく。

まずは、本件が明るみに出た発端のBBCドキュメンタリー『Predator: The Secret Scandal of J-Pop』(J-POPの捕食者:秘められたスキャンダル)。

当時、英国内で放映された(BBCはNHKに似て英国民は受信料を準強制徴収)ものが、反響の大きさを考慮してか、日本語字幕付きでYoutubeで無料公開された。

個人的には、このドキュメンタリーの作り自体には、制作者の主観が前面に出すぎていて、傑作とは言い難いと感じる。しかし、社会の暗部、それも事実上の権力者の暗部に光を当てた、という意味では高く評価したい。

(追記(2023-07-12): 3月以降の経緯については、文集の特集記事「【特集】ジャニー喜多川氏の命日に考える「性加害問題」」(2023-07-03)が、詳しい。カウアン・オカモト氏をはじめ多くの元ジャニーズ/Jrの証言もまとめられている。文春は、古くは1990年代から、ジャニー喜多川の性加害問題を追及してきていて、裁判沙汰になったこともある。)

4.1 ジャニーズ事務所の反応

社会問題として大きくなるにつれて、ジャニーズ事務所も一定の反応を示した。

なお、社長の「謝罪」の冒頭が

世の中を大きくお騒がせしておりますこと心よりお詫び申し上げます

であって、「お騒がせしていること」に対するお詫びということには、木で鼻を括った印象を私は受け取った。

4.2 松尾潔とスマイルカンパニー社

4.2.1 発端

それに関連して、音楽プロデューサーの松尾潔氏が同事件について発言したのを受けて、スマイルカンパニー社が氏とのマネジメント契約を突如打ち切る、という事件が発生した(本人の報告tweet (2023年7月1日))。

スマイルカンパニーは山下達郎・竹内まりや夫妻のマネジメントが基幹業務の会社である(たとえばM&A Onlineの記事 2023-07-09参照)。スマイルカンパニーの小杉周水社長の実父であり前社長の小杉理宇造氏はジャニー喜多川と深い交友関係があると知られているという。

(追記(2023-07-12): 山下達郎氏とスマイルカンパニー社とジャニーズ事務所の関係は、eclipse1228によるブログ記事「山下達郎と小杉理宇造とジャニーズ事務所」(2023-07-05)に詳しい。スマイルカンパニー社については、2020年9月に深刻なセクハラ告発があり、(同社社員の加害者ではなく)被害者が契約解除してうやむやにされたことがあった(デイリー新潮 2020-09-30)ことも付記しておく。)

同tweetには、山下達郎さんにも触れた証言もあり、大いに波紋を呼んだ。無論、そうでなくても、山下達郎氏あってのスマイルカンパニー社である以上、関係は当然取り沙汰されていたことだろうが。

その数日後、同件につき、松尾潔氏自身が、日刊ゲンダイ「松尾潔のメロウな木曜日」(2023-07-06)にて「スマイルカンパニー契約解除の全真相——弁護士を通じて山下達郎・竹内まりや夫妻の“賛成事実”を確認」という証言および氏の立場からの詳しい報告記事を出した(ご本人によるアナウンスtweet)。

4.3 山下達郎の反応

それも受けたのだろう、山下達郎氏が自身の冠ラジオ「山下達郎の楽天カード サンデー・ソングブック」にて、2023年7月9日に自身の見解を語った(radiko(東京FM))。関連部分の書き起こしがENCOUNT他、複数の箇所に掲載されている。

4.3.1 そのうち事実関係

ちなみに、山下達郎氏の談話の中で、

松尾氏がジャニー喜多川氏の性加害問題に対して憶測に基づく一方的な批判をした

とあるが、これは事実に反するようだ。(私自身は松尾氏が話したことの原典を確認していないものの)上述の松尾氏記事に引用されている氏の発言を信じれば、松尾氏は特に批判しているわけではなくて、「疑惑を受けてジャニーズ事務所とそして芸能界がどうすべきか」という提言をしているに過ぎない。自分がやりたくないことについて提言された場合に、それを批判と受け取るのは被害妄想的であろう。心にやましいものがある時や、立場の低い(と自分が見做す)人間から耳の痛いことを言われた時の反応としては、ありがちではあるだろうが。

もちろん、仮に松尾氏が行ったのが提言ではなくて(山下達郎氏が認識するように)批判であったとしても、それで一発退場で契約終了は了見が狭すぎるという批判は免れないだろう。中傷(=無実のことを言って他人の名誉を傷つけること)であればそれは犯罪(名誉毀損罪、侮辱罪、信用毀損罪など)なので、一発退場も理解できる。しかし、不敬罪が存在する独裁国家ならばいざ知らず、現代日本においては、一度批判しただけで一発退場させてダメージを与えるのは、首を傾げる行為だろう。何をかを語りかけるしかもこの場合、松尾氏が対象としたのは、スマイルカンパニー社でも山下達郎氏でもなく、彼らの友人に過ぎない。

他の事実関係については、御本人もよく知る高橋健太郎氏による同日のtweetに始まるスレッドが詳しいので、そちらに譲る。

(追記(2023-07-12): 当事者の松尾潔氏が、山下達郎氏のラジオ発言について、受けた質問に回答した長文tweetが2023-07-10に投稿された。)

4.3.2 本質的な問題

そしてもちろん、ずっと深刻なのは、山下達郎氏の言葉は釈明にはなっていなくて、むしろ、被害者にとっては二次加害のように聞こえることだ。

前述のように、ジャニー喜多川の立場を利用しての性犯罪は、ジャニーズ事務所と外から関わってきた他のすべてのアーティストやメディアにも問題を突きつけていると私は認識している。

山下達郎氏がジャニー喜多川の性加害について知らなかったという主張は、仮に事実としよう。しかし、今はもう知っている。その上で、

そうした数々の才能、タレントさんを輩出したジャニーさんの功績に対する尊敬の念は今も変わっていません。私の人生にとって1番大切なことは、ご縁とご恩です。

そして続けて

私が一個人一ミュージシャンとしてジャニーさんへのご恩を忘れないことや、それから、ジャニーさんのプロデューサーとしての才能を認めることと、社会的、倫理的な意味での性加害を容認することとは全くの別問題だと考えております。

とはっきり口にしている。つまり暴力団が非合法手段により儲けて勢力を拡充したことと、そのおこぼれに預かることとは別問題、と断言していることと等価ではないか。彼はつづけて、

繰り返しますが、私は性加害を容認しているのではありません。

と言ってはいるが……、これは白々しく響くと言わざるを得ない。

なぜならば、いわば性加害によって築かれた王国の「ご恩を忘れない」と言い、そして性加害(による支配など)を道具の一つとして使った「プロデューサーとしての才能を認める」と直前で言っているのだから。

もし氏が仮に「ジャニー喜多川に性加害があったという報道は大嘘でデマであると私は信じる」と強く主張して、その上で、喜多川氏は今でも恩人だ、彼への批判は許さない、とか主張したのであれば、それはまだ筋が通っていただろう。批判を許さないのは狭量ではあるにせよ、それはまだ分かる。しかし、性加害と(それによって得られた)恩義や利益とは別であると論じるとは……。戦争は許さない、しかし誰かが戦争で得た利益のおこぼれには喜んであずかる、と言っているのと同じではないか。残念ながら、語るに落ちた、と感じてしまった。

(追記(2023-07-12): おとましぐらの音楽ブログの「山下達郎氏が松尾潔との契約の解除に同意した件について」(2023-07-11)が、山下達郎ファンとして、敬意を持ちつつも理性的に批判を展開する慟哭となっていて、読ませる。)

音楽評論家で昔から山下達郎を知る高橋健太郎氏が、松尾潔氏のクビの報を聞いて同日に呟いたtweetが味わい深い。引用する。

(参考: 彼が触れたインタビュー記事全文はこちら: 1982年の高橋健太郎による山下達郎ロングインタビュー記事(宝島): 山下達郎「サウンドよ色になれ」。若かりし高橋氏が『宝島』から初めてもらった仕事と本人述懐 2023-07-02。この9日後の本人のtweetに現在との対比に痛みを感じる……。)

なお、ここでは山下達郎氏を採り上げたが、それはたまたま彼が(SNSにおいて)見えやすい位置にいたからに過ぎない。 それは氷山の一角以下であると予想する。

この件は、メディア、特にテレビ局、広告代理店、そして広く芸能界全体の問題として考えていくべきだろう。

4.3.3作品と犯罪とは切り分けて考えられるか (2023-07-12追記)

私の前章に述べた通りで、本件については、作品と犯罪とを切り分けて考えるのは詭弁であると考える。 理由を一言で言えば、犯罪行為と作品制作およびプロモーションが密接に絡み合っていたからだ。

(俳優の)松崎悠希氏のtweetが明快だ。

そしてもう一点、児童性愛の犯罪者は、聖職者や教師やスカウト活動リーダーなどの職業を好む傾向があることは見過ごせない(ただし、そういう職業の人の方が(性)犯罪の機会が多くて捕まりやすいという傾向によるバイアスはあり得るか)。少年をプロデュースする職をジャニー喜多川が選んだのは偶然ではないのではないか。それら少年が歌う歌(作品)、いわばジャニー喜多川のドス黒い情念によってプロモートされ、演じられてきた。それを「切り分け」するのは、倫理に悖ると私は思う。

結局、「その芸能事務所」と仕事してきたアートディレクターの光嶋祟(Takashi Koshima)氏の独白が道徳的だと感じる。

同氏にしても、 デザインの仕事自体には本気で取り組んでいたので、そこに関してはやましい気持ちはない (tweet 2023-07-09)、 と続けていて、もちろんそれでいい。しかし、続けて、まぁそのトップからファンまでの全てが悪魔のシステムだから、引くよね(同tweet)というのが偽らざる気持ちであるととてもよく理解できる。

同様に、全く知らなかったとしても、悪魔のシステムにお金を払い、消費し、支え続けてきたのが大衆(視聴者)でもあることも残念ながら事実になる。だから「引くよね」という気持ちを、今後どう行動に変えていくかが、業界とそしてファン、広くは国民に突き付けられた課題になる。どう向き合い、どうシステムをリフォームし、あるいは法律や規制の制定も含めてどう再発防止していくか?

高橋健太郎氏は、2023-07-10のtweetにて、

なにしろメディアが共犯なのだから、壮大な性加害事件が知られても、キャンセル・カルチャーは発生しない。このままやり過ごしても、ファンは離れない。

と看破する。悲観的に言えばそうなのだろうが……、それでも敢えて、業界が旧態依然でこのままやり過ごされることだけは許してはならない、と主張したい。そしてそのためには、国民の責任もまた重大であるし、ボーイズグループを好むファンであれば、なおのことだ。


5 参考文献

参考文献は、本ブログ執筆後に加えたものも相当数含んでいる。

5.1 まとめ文書と6月までの経緯

5.2 松尾潔とスマイルカンパニーと山下達郎

5.3 その他


Masa Sakano

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