「ビバークの奨め」
(2008/09)
(※初出: メルマガ第 77、 78号)
♪テントの中では月見はできぬ〜
と、僕は時にパロディーします。自然の中で天幕を張るのもいいですが、 本当に自然を感じたければ、やはりテントも無しでないと! 星空を眺め、風を感じ、虫の声を聴き、時には雨の中、 本当に自然に抱かれて眠るのには、テントは邪魔です!?
「ビバーク」とは英語では bivouac
または bivvy
のことで、
日本語では時に「不時露営」「緊急宿泊」などと訳されます。 端的には、テントでなく、まして小屋でもない場所で一晩寝て過ごすこと
を指します。 もともとそう予定している場合(フォーカスト・ビバーク: forecast bivouac,
「簡易露営」)もあれば、予定外にそうなってしまう場合 (フォースト・ビバーク: forced bivouac,
「(緊急)不時露営」)も あります。
人は、(盲目の人は別にして)暗闇には本能的な恐怖を感じるもの だと思います。おばけは大抵、夜に出現することになってますしね。 実際、視覚が遮られるので、よく言って大いに不便です。 人工的な灯に満ちた文明社会を別にして、自然の中では、特に単独だと 原始的な恐怖を感じることも少なくないでしょう。
登山者と言えど、その例外ではなく、ほとんどの場合、日のあるうちに 行動するものです。もちろん実際的にも、暗いと、足を踏み外したり、 道に迷ったりと、潜在的な危険度が一般にはるかに高くなりますから、 これは当然です。こういう客観的な危険度に多分原始的な恐怖とが 少し加わって、山中にいて日没が近づくと、焦りが出てくるのは よくある光景でしょう。そしてその焦りのために、 より一層事故が起こりやすくなっているのもまた事実ですね。 登山の事故の多くは、下山中に、それも遅い時間に集中して起こる、 と聞きます。
そんな時、ビバークの装備と経験とは、このうえなく心強い味方に なります。いざとなったらここで泊まればいい、と腹を括れるため、 無用に焦らなくて済みます(明日の仕事が……とかそういう余計なことは この際、忘れましょう)。事故を避ける大きな秘訣の一つでしょう。
ビバークする羽目になった場合、 事前のビバークの経験は、非常に有用です。 未経験ながら死なないはずと信じたい「予想」「願望」と、 どれだけ快適か(不快か)相当程度に知っていて少なくとも死ぬことはない という「確信」「知識」との間には大きな隔たりがありますから。 僕自身は、今まで、何度フォーカスト・ビバークしてきたか もう覚えていません。雨の中、雪の中と色々な条件も経験してきました。 近年は、一人ならテントは不要、と思うように なっています — 山行後に洗うのも手間だし(笑)。
僕も初めての時は怖かったものだったのをよく覚えています。 僕の初めての(フォーカスト)ビバークは、 真冬の単独行の最中で、 夜中に幻聴を聞いた ものでした。僕の友人は初めての (単独フォーカスト)ビバークの最中、夜中にふと怖くなって車に逃げ込んだ、 と言ってました — 別に何ら危険があったわけでもないのですが。 でも、一度経験してしまえば、安全性に確信を持てただけでなく、 山の世界が格段に広がったものでした。 荷物がずっと軽く済むので、行動範囲が広がります。 どこでも寝られるので、行動時間が広がります。 たとえば、他の登山客が山から降りてくる時間に敢えて山に登りに入り、 一晩、山を目一杯楽しんだ後、翌日、他の登山客が息を切らして山に登ってきて 混雑してくる前に余裕で下山できたりします。
ビバークには、そう大それた装備は必要ありません。不時露営なん だから、当然ですけど。 寝袋に防水透湿性のシュラフカバー、それにマットがあれば それなりに快適な夜がほぼ約束されます。 ツェルトまであれば、贅沢な一夜が過ごせるでしょう。
もっともビバークは、装備もさることながら、技術が大きくものを言うと思います。 ありあわせの条件で、いかに工夫して快適な睡眠環境を作れるかという話で、 これは相当程度、経験を積み重ねることで自分なりのやり方を 会得するものかも知れません。
とは言え、人間、そう滅多なことでは死にません。 端的には、怪我や病気が無く、暖かくして、水分食糧が十分あるなら、 寿命まで生きられるわけですから。 経験の無い方は、まずは身近で客観的に見て絶対安全なところ、 たとえばその気になればいつでも車に逃げ込めるようなところから ビバークを体験してみられてはいかがでしょうか? もし不安なら誰かを誘って、手でもつないで眠るのも一興かも?! 今後の山行がより安心で安全で豊かなものになることでしょう!
この文書について
リンクなどはご自由にどうぞ。 なお、このページのURIは、以下です。
http://alpiniste.hp.infoseek.co.jp/doc/bivvy.html
まさ