総括
- 山域
- Peak District (mid-north)/Kinder
- 参加者
- まさ (単独行)
- 期間
- 2006/06/10 (日帰り)
- 天候
- 快晴
登山編
天気予報によると、この週末は素晴らしい様子。何人かに声をかけたが、 いずれも都合が悪い。直前まで、単独で岩登りに行こうと思っていたのだが、 土曜日の夜、気が変わって、山歩きすることにした。それなりに忙しい 週で、かつ山道具が部屋に散乱していた状態、土曜夜も結局床についたのは 午前 4時前だった。正直、ちょっと面倒だな、という気持ちもあったことが、 準備に時間がかかった一因だったか。
今までピーク地方で訪れた場所は、南東部に集中している。 スタニッジ・エッジをはじめとする英国伝統のグリット岩地帯。 英国、いや世界の岩登りの聖地。 そんな南東部だけ取り上げれば、訪れた回数はすぐには数えられない。 それ以外では、ローチズなどの(南)西部グリット岩地帯を数回、 マットロックなどの南部石灰岩地帯に一回(通過や立ち寄るだけなら 何回も)、中央部の Speedwell Cavern の洞窟に行ったのが一回、 それくらいだろうか。
一方、地図によれば、ピーク地方は、北部の方が、喧騒・人里から 離れている印象だ。当然、アクセスにも時間がかかる、ということで、 南東部のような気軽な岩登りの場所は少ない、ということになるだろう。 特に、南部イングランドから訪れるには、南東部に比べて、駐車場や 駅まで行くだけで相当の時間を費やすことになるわけで、さらに 足が遠のく理由になる。
ピーク地方の最高峰(だと思う……地図から判断する限り)の キンダー(Kinder)もその一画にある。
僕は未だ訪れたことがない。「ピーク」地方なのに、その最高峰に 行ったことがないなんて!
というわけで、今日の目的地は、キンダー山になった。
列車がほぼ時間通りに発ったのはいいが……、お得な切符(Derbyshire
Wayfarer)を 入手するためには、一旦、列車を降りて、途中の駅で切符を買わなければいけない
ことが判明した。結局、同じ路線の列車に乗るのだけど……、精算という 概念は英国には存在しないので(その切符は、ダービー県内の駅でしか
売られていない、という次第 — つまり僕の乗った駅では売られて
いなかった)。ダービー駅で下車、切符購入後、12分後の次の列車に乗るはずが、
窓口の長蛇の列に並んでいる間に時間は過ぎ、45分待つ羽目になった。
なんて英国。
駅の案内所で同県(ダービー県)ピーク地方のバス時刻表(冊子として各所で
売られている)を求めようとするも、市街の旅行案内所に行ってくれ、と言われた。 市街って、片道徒歩15分の道なんですけど……。
なんて英国。
その後は、まずまず順調に目的地のエデイル(Edale)駅に着く。 レスターを発ったのは始発の汽車だったのに、ここに着く頃には11時前。 途中ですったもんだあったのは確かだが、遠いのも事実。ここに至って、 実はまだ今日の登山ルートは決まっていない。キンダー山山頂には行く、 ということだけが具体的な目標。うまく帰りのバスを捕まえ られるならば、往復や周回ルートでなく、一方向ルートにしたく。 ガイド本も無く、ルートは地図だけ見て決めている次第。
駅前の喫茶店(cafe)兼売店の「バス時刻表あります」を横目に見つつ、 どちらにしてもキンダー山までの道中にある旅行案内所に出向いた……ところ、 工事中、閉まっていた。なんてこったい。駅まで戻るのも面倒だしなぁ、 やむを得まい、ダービー県発行の バスルート図は持参していたので、それに書かれてあるバス会社の 電話番号に直接かけるか — おっとぉ、携帯電話が圏外……(えーっ! 村内なのに!)。 まぁ、山に登れば、携帯が通じる場所もあるだろう。
近くの喫茶店(The Cross Keys Inn)で買い求めた必殺ベーコン・サンドイッチ(パンに ベーコン"だけ"が挟まれた代物)を頬張りつつ、とりあえず キンダーに向かう。どちらにせよ、キンダーは最初の、そして今日最大の 目的地なのだから。ペニン道(Pennine Way)ではなく、その北側を走る 径に沿って歩いて行くことにする。珍しく木立の中から始まる道だ。 暑い(平地予想最高気温 28℃)今日、横の川で水浴びをしている家族連れ などのグループが目につく。
谷筋の径を突き上げて、高原風の場所に着く頃には、人の数も随分減った。 岩場 Crowden Tower まで径を辿って休憩。南に開けた見晴らしが 素晴らしい。南東部とは少し風景が異なって、いっそう田舎の風情がある。 湖水地方のようなはげ山でもなく、最高度の牧場の上にもそれなりに 緑が広がっている。いい感じだ。
見晴らしがいいだけあって、ここでは携帯が通じる。バスの時刻をバス会社に 電話して確認しよう。 目的の道を走るバスは
3路線、それぞれ別の社の運行。 最初の会社は、2回たらい回しされたあげく、通じない番号を案内
された。次の会社、留守電。最後の会社、誰も出ない。
なんじゃ、それは〜〜!!
英国、侮り難し。
というわけで、周回ルートで元の駅に戻ること確定。
さて、実は、ここから最高点までのルートが尋常ではない。というか、 道はない。 最高点に達するための道は、地図には一切、記されていないのだ。 だから、なるべく迷わずに行けそうな場所を、地図とにらめっこして 判断して、この Crowden Tower に来た次第だ。
「ピーク」地方と言いながら、この最高峰のキンダーは、全然、 「ピーク」という感じではなく、この一帯、だだっ広い高原だ(「Kinder Scout (キンダー・スカウト)という)。 高原の中、1km ほど離れた場所 Kinder Low に、三角柱(triangular pillar; 日本の三角点)が立ってはいる。しかし、その標高は 633m。一方、だだっ広い 高原の中央に標高 636m の地点があって、どうやらそれがキンダーの、そして ピーク地方最高点になるようなのだ。ならば、そこに行かいでか。道など要らない。 高原を突っ切るのみ。その方が面白いというもので。ここら一帯は、 ナショナル・トラストの所有地だから、どこをどう歩いても構わないし (と思ったのだが、あとで地図を再確認すると、Crowden Tower 周辺は そうではなかった模様……。一応、立ち入ってもいいようだが)。
今日、五万分の一の地図しか持参していない。ついでに高度計もGPSも 忘れた。まぁ、その方が、ナビゲーションを楽しめるというものかな。 目をかっ開いて地図を読み、方向 290°、距離 870メートル、高度差 45メートルと見積もる。いざコンパスをセットして高原のただなかに乗り出す!
この高原、遠くから見れば阿蘇の山麓のような感じだが、近くに寄ると、 結構、起伏がある。3メートルくらいの高さの「畝」が入り組んでいる 感じだ。雨が降ると、畝の低いところを水が流れるのだろう。天気のいい 日が続いた最近の今日、地面にはひび割れている箇所が目立った。そして、 たまに、高さ数十センチメートルの岩(ボルダー)が転がっている。緑の草が 映えている場所、地面が露出している場所、白い砂利になっている場所が 2、3メートルおきに交替して、コントラストを形作っている。
身長57メートルの巨人ならともかく、2メートルにもはるか満たない人の身では、
3メートルの畝の森の中を、方向を正確に維持しながら進むのは容易ではない……。 常にそう都合良く直進できるわけでもなし。 仮に
5°ずれただけでも、900メートルの後には、80メートルのずれに なってしまう。20°ずれたら 300メートル、絶望的だ (— と、
歩きながら正確に計算したわけではなくて、今だから書けることなれど……)。
地図の等高線だけ見て、平坦な土地と甘く見ていた僕は、いつしかコンパスと
地形との格闘に没頭していた。高原に足を踏み入れて以来、人の姿も途絶え、 時折くさむらから飛び出す兎だけが周りで動くもの。
ただ、明らかに全くの処女地のわけはなく、時折、人の踏み跡は 見える。ピーク地方の最高峰を含む高原、惹きつけられる人も少なくなかろう。 しかし、踏み跡の方向は、ランダム。つまり、踏み跡を辿ることは 不可能だし、仮に辿れたとしても、どこに出るかは、ランダム。 さいころよりひどい(さいころなら、六分の一もの高確率で正解に達する!)。 無視するに限る。
そのうち、前からこちらに動いてくるものあり……、人間だった、単独行の。 この高原に今、足を踏み入れているのは僕だけではない、ということだ。 そういえば、麓の喫茶店で、アウトドア講習の案内パンフレットの中に、 岩登りやケイビングに混じって、「キンダー探索行」というのがあった。 実際、ナビゲーションできなければ、足を踏み入れようがない場所だから、 なるほどと頷ける。 しかし、こんなところでオリエンテーリングなどすると悪夢だろうなぁ、 地図に出るほどの地形もなく、畝の下にポストを置いた日には、ポスト の視認も困難を窮め……などと夢想する。
そして径を離れて約20分後、ついに、100メートル向こうに、この高原で 唯一の人工物、控え目なケルンを発見する。地図にあった最高点の印だろう。 僕が目標としていた方向と比較すると、わずか 30メートルの誤差に収まった。 上出来、いや出来過ぎと言うべきだろう。運もよかったか。 ケルンに触れて、控え目に片手を挙げてガッツポーズ!
僕のすぐ後、僕とは少し別方向から、カップルが歩いてきて、そのまま 一直線に立ち去っていった。カップルが畝の向こうに消えていった後、 「頂」付近の高原を独り占めすることになった。平たい高原だけあり、 遠くに見えるものもかなり限られる。何と言っても、ここが付近最高峰なの だから。言ってみれば、地平線まで広がるこの世界いっぱい、 晴れわたった青空の下、一人で満喫している雰囲気だ。最高!!
この素晴らしい瞬間、場所から立ち去り難く、ぶらぶらと過ごす。 ちょっと離れてマーキングまで済ませて(嗚呼、けだもの?)、少し経った頃、 南東の地平線上から数人のグループが現われた。この僕の世界への濫入者。 僕も去る潮時か。
ここからは、北方(346°)へ Kinderの滝(Kinder Downfall)を目指す。今回は、右にずれれば 川に、左にずれれば登山道と急斜面に出くわすので、迷う心配はない。 という安心のせいか、結構ずれてしまったようで、思ったより早く、 登山道(Pennine Way)に出てしまった。まぁ、いいんだけど。
残念ながら滝は涸れていて、期待外れだった。近くの岩場には、クライマーが わずかひと組。いい感じの岩だが……、なにしろここまで登ってくるのが大変 だからなぁ。無理ないか。
休憩後は、三角柱 Kinder Low、文化遺跡「エデイルの十字架」 (Edale Cross; ペニン道からは少し離れたところにある; 壁の向こうに ひっそりとあったおかげで、地図の場所に着いても、数分探してしまった)を経由して、 ペニン道に沿って、エデイル駅までゆるやかな道をずっと下ってゆく。 今日は、珍しくずっと天気が崩れず、最後まで快晴のまま。
エデイル駅近くで、突然、男に声をかけられた。「あれ? あなた、 レスターの人では?」……山岳部OBのマットではないか! びっくり!! (マット とは、2004年10月末の Roaches で一緒したのが最後?) こんな田舎の村でばったり出会うとは。マットは今も クライミングを続けているが(強烈に上手だと聞く)、今日、村に来た目的は それとは関係なく、イングランドのサッカーのワールドカップ初戦をパブで観戦と 村のジャズ祭だと言っていた。ちょうどパブから出てきたところだったという。 よくぞまぁ、偶然もあったものだ。 これが Hathersage ならまだ分かるが、Edale村など、クライミングという 意味では、非常にマイナーだから(注*)。 固く握手して別れた。
思いがけない再会で、すばらしい山行を締めくくった一日であった。
(注*)
キンダーは山歩きの人には有名でも クライミングならマイナー。さらに、クライミングに行くにしても、 Edale駅からアクセスするのはかなり難儀、バスを利用する方が普通か。 実際は、公共交通機関を使うこと自体、かなり特殊な方の例で、ほぼ自家用車ばかり。 実際、マットもクライミングに来たのでは無かったわけで。
情報編
エデイル(Edale)村
Edale駅は、シェフィールド(Sheffield)とマンチェスター(Manchester)をつなぐ 路線の中間に位置する。Hathersage 駅より 3つ、マンチェスター寄り。 すべての列車が止まるわけではないので、要注意。
エデイル村の駅の駅前(南側)には、喫茶店(cafe)兼売店がある。 エデイル村中心部は、駅から南に広がっている模様(未確認)。
駅のすぐ北側にパブ(兼ホテル?) The Rambler
。その 300m 北側に、天場(キャンプ上)と
情報案内所(Information)がある。さらに北に行って、左側に B&B、
郵便局、喫茶店などがある。ペニン道(Pennine Way)は、郵便局の横から 始まる。
ペニン道(Pennine Way)が公道と一瞬交差する場所(GR SK102854)では、 喫茶店や売店が 2、3軒あった。
携帯電話
Edale村内は、通じなかった。Crowden Tower の上では通じる。 Kinder の 636m 最高点では、通じなかった(ちなみに、確認したネットワークは Vodafone、すなわち、最も通じやすい回線のひとつ)。
公共交通機関
以前、詳しく書いたので、 以下は、それへの追記。 「ピーク地方@イングランドの山情報」 も便利(以下の情報も転載しました)。
ピーク地方主要部は、Derbyshire (ダービー県; 競馬の「ダービー」の由来) に含まれる。Derbyshire は、「ピーク地方バス列車時刻表」など、 ピーク地方の公共交通機関を取りまとめたものを発行している。
1日、公共交通機関を使うならば、「Derbyshire Wayfarer」が割安かも知れない。 (2006年6月現在)£7.90/大人1人で、Derbyshire およびその近辺の鉄道バス1日 乗り放題になる。家族割引やグループ割引も存在し、さらに格安になる。 Derbyshire とつなぐ路線なら、シェフィールドまで範囲に含まれるのが 嬉しい(詳細は 「Validity of Derbyshire Wayfarer」のページで確認のこと)。 なお、バスだけなら、たとえば 往復 £2 で済んだりするので、必ずしも安くなるとは限らないことは要注意。
「Derbyshire Wayfarer」は、できるだけ事前に入手しておくことが 望ましい。ダービー県庁(Derbyshire county council)に連絡を入れれば、 入手できる(クレジットカード支払、郵送など)。 「Derbyshire Wayfarer」が有効な路線の「主要」バスでは、運転手から 購入することもできる。また、同区域内の鉄道の主要駅で(当日でも)入手できる。
タイム・テーブル
時刻 | 行動 | 高度[m] (計器|地図) | 温度[℃] | 歩数[複歩](予測) | |
表注: 高度の表記で (s) は高度計をその高度にセット。 なお、高度計は、腕時計(Silva/Alta)を使用。温度の in/out は、それぞれ 室内(テント内)気温と外気温(省略時も)。歩数は、その前の項目からの歩数[複歩]、 括弧「(...)」内は予測値。 GR は、Grid Reference Number で、省略時の頭文字は SK。 |
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2006/06/10 (Edale → Crowden Tower → Kinder(636m) → Kinder Downfall → Kinder Low → Edale) |
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07:57 | (列車)Leicester発 | ||||
08:32 | (列車)Derby着(切符購入) | ||||
09:14 | (列車)Derby発(切符購入) | ||||
10:14 | (列車)Sheffield発 | ||||
10:48 | (列車)Edale着 | ||||
11:07 | Pub "The Ramblers"(@Edale)発 | 50 | |||
11:25 | Information(休館)発 | ||||
11:42 | Cafe "The Cross Keys Inn"発 | 225 | |||
Footpath始まり | 120 | ||||
12:00 | 森の終点(GR120868)(5分休) | ? | |||
12:25 | Grinds Brook本流横切る | 950 | |||
12:38 | 谷を突き上げた場所(ケルン)(GR105872) | 475(450/17分/500m/100m↑) | |||
12:42 | 発 | ||||
13:01 | Crowden Tower | 850(1050/17分/1.3km/30m↑) | |||
13:27 | 発 | ||||
290°に bearing (Kinder Scout最高点まで直行) | |||||
13:46 | Kinder Scout最高点 | 636 | 780(730/17分/870m/45m↑) | ||
14:13 | 発 | ||||
346°に bearing (Kinder Downfall まで直行予定 → ずれる; 1200歩/27分と予測) | |||||
14:31 | Pennine Way | 695 | |||
14:45 | (Downfall横)ケルン過ぎて右折 | 650 | |||
14:45 | Kinder Downfall横ケルンまで戻る | 135 | |||
15:05 | 発 | ||||
15:31 | Kinder Low三角柱 | 633 | 1385 | ||
15:49 | Edale Cross | 541 | 755 | ||
16:33 | Lee House | 1450 | |||
駅前で Matt とばったり会う | |||||
17:18 | Edale駅 | 1850 | |||
17:28 | (列車)Edale発 |
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まさ