英国の登山文化ミニ知識

目次


英国の登山文化とスタイル

英国の登山文化は、ひとことで言うと、「最初に登ったように登る」 ということになると感じます。そして、かなり徹底的に、人工物を廃 します。だから、日本の山でお馴染の道標を見かけることはまずあり ません…… (以下、詳しくは、別ページでどうぞ)。


英国の登山におけるマナー

まず何より先に、 別ページの「英国の登山文化とスタイル」 をお読み下さい。 そこで、英国登山の精神を説明しています。マナーの基本になります。

雉撃ちとお花摘み

尾籠な話ではありますが、やはりこれは人間にとって避けて通れない ものですから、英国に登山に来る方の便にと、以下、書いてみます。

まずトイレは、やはり山に入る前に、街で済ませておくのが基本です。 公衆トイレがあればそれを使えばいいし、もし見つからなければ 最寄りのパブ(どの村にも一軒はある)に入ってトイレを借りればいいでしょう。 パブ(Public House)は、原則としてトイレを貸すのを断りませんから。 もちろん、ひとこと店員に声をかけておくのがマナーです。 なお、(OS社の英国標準 1/25000)地形図には、代表的な公衆トイレの位置は 記されているので、事前にチェックしておくといいでしょう。 日本と違って木が無い(ことが多い)ので、特に女性にとっては問題に なることが少なくなさそうです。事前に注意しておきましょう。

問題は、一旦山に入った後、待てなくて、自然の中で済ませる場合ですね。 英国の場合、一般論としては、日本の山でのマナーとほぼ同じです。 たとえば、場所としては、水源や天場の上流側は避ける、 川や池からは 10m は離れる、登山道から 5m は離れる(道から 一歩も外に出てはいけないような登山道は、英国では稀)、などなど。

ひとつの違いは、英国の場合、山中にいわゆる営業小屋は基本的にありません。 小屋があっても、それは大抵、私設小屋だったりあるいは農家の羊小屋 だったりです。だから、小屋に入ってトイレを借りるのは普通しません。 そもそも日中だと、小屋に人もいないでしょう。

雉撃ち(お花摘み)の後、モノ自体は残していっても構いませんが、 ちり紙は持ち帰ります。冬期は、雪面から地面が見えるまで掘って、 仕事の後、土をかぶせておきましょう(日本と異なり、少し掘れば 地面が見える場合が大半です)。なお、2008年現在、Cairngorms では、 モノ自体も登山口まで持帰ることが強く奨励されています (Poo Project 「プロジェクトうんこ」)。

仕事の際には、(他の人から)見えない場所を選びたくなるのは 当然でしょう。ただしその際、巨石(や岩場)の陰を選ぶなら、その巨石が ボルダリング(巨石登り)やクライミングに使われていないかどうか、 よくよく確認して下さい! チョークの跡があるような巨石の陰を選ぶのは大顰蹙です(し、仕事中に 人が巨石目指してやってくる可能性も)。もしはっきりしなければ、 そこは諦めてもっと確実(に迷惑にならない)な場所を選びましょう。 また、洞穴も避けます。洞穴はビバーク地として使われることがありますから。

よく使われる場所は、(山中でもよくある)牧場の仕切りとなる石垣や 垣根の陰です。ゲートから最低 5m は離れた場所を選びましょう。


英国冬期登攀

スコットランド冬期登山の特徴

日本で冬山登山と言えば、まず雪上を歩くこと、 次いで幕営や雪洞といった感じになるような印象を僕は持っています。 一方、英国の場合、クライマーにとっての冬山とは、いきなり急斜面、 端的には垂壁を、登ることになる、という印象です (丘歩き専科の人にとっては、もちろん、冬に歩くことが冬山ですが)。実際、 普通のピッケル一本持っていないのに、(氷壁登攀などの)ダブルアックス用の バイル 2本を所持している、という人が僕の周りに少なからずいます。

おそらく決定的な違いは、日本の場合、冬山は山深いため、2日以上籠るのが 当然なのに対し、英国の場合、冬山であってさえ日帰りできてしまう ことが大半、ということでしょう。加えて、英国は雪が少ないため、 雪崩の危険が日本よりはるかに限られます。つまり結局、自然状況による 危険度が相対的に低いため、その分、比較的気軽に登攀という遊びができる、 ということなんだと思います。

そんなスコットランドの冬期登攀の最大の特徴は、ひとつは伝統登攀、つまり ボルトなどの固定支点はなく(ピトンが残されていることはありますが)、 支点は基本的に自分で全てセット(+回収)する、ということにあります。 もうひとつは、気候的に不安定で、雪や氷がいつもあるとは限りません(!)。 つまり、(北大西洋海流(メキシコ湾流)などを考慮した時の)緯度、高度が十分でないため、 冬のただ中でも、山の山頂まで含めて英国全土で 0℃以上ということが 少なくありません。このことに加えて、山の規模も大きくない(最高峰でも 1350m弱)ので、ルートまでのアプローチは一般に短くて済みます。 (もちろん雪の状態にもよりますが)ルート 取り付きまで 1日以上かかることはそうありません。むしろ、多くのルートは、 駐車場から 1日で登って降りてこられます(夜明けよりずっと前に出発して、 日没後に帰ってくる、長い 1日という意味になることが普通ですが)。

日本に比べると(もちろんどの山と比べるかに依りますが……)、雪はずっと 少なく、何メートルもの雪が積もる場所はまずありません。一方、ミックス 登攀や氷壁登攀を含めた冬期登攀は盛んです。実際、冬山に入ったことも ろくになくても、氷壁登攀の経験はある、という人も決して少なくありません。 スコットランドはともかく欧州本土の方なら、それこそ舗装道路脇の氷を 登れたりしますしね。 また、スコットランドはそう寒くない、ということは、氷壁登攀の条件は 悪くない、ということでもあります(寒過ぎると、氷が脆くなる)。

こういったアクセスの容易さとルートの豊富さを主に念頭に置いているのでしょう、 スコットランドの冬山は世界一だ、と主張してやまない登山家もしばしばいます。 地元の登山家にこれだけ愛されているとは、スコットランドも幸せなことでしょう!

スコットランドは、もちろん、北に行けば行くほど寒くなる傾向があるのは 事実ですが……、しかし、時にはスコットランド北端よりもイングランド南端 の方が寒いことさえあります — つまり、緯度による気温の違いは 思うほどにありません。日本で北海道の気温と鹿児島の気温が逆転することは 考えられないことを思えば、対照的ですね。

全体的には、西部の方が雪(雨)が多く、東部の方が乾いて寒い傾向が あります(これは日本と同じですね)。加えて、海岸そばだと、寒くなりにくい、 という傾向もあります。日本のたとえば北陸地方と決定的に違うのは、 温度がさほど低くないため、雨が多い、つまりせっかく降り積もった雪も すぐ融けてしまうことが少なくないことにあります。 また、山の高度は当然、気温に大きく影響します。

冬期登山の舞台

冬期登攀としてスコットランド 西部で有名なのは、まずベン・ネビス(Ben Nevis)、隣接する グレン・コー(Glencoe)、北のトリドン(Torridon)、スカイ島(Isle of Skye)の キュウリン(Cuillin)山地というところでしょう。トリドンとキュウリンの方がずっと 北ではありますが、標高が 1000m に達するか達さないかしかないため、実際は 1350m あるベン・ネビスの方が条件が整っていることが多くなります — つまり、このわずか 300m〜400m の違いが大きいようです。 東部で有名なのはケアンゴーム山域(Cairngorms)です。内陸にあって緯度も高度も 高いため、(ベン・ネビス山頂と並んで)英国で最も気温が低くなる場所、 つまり冬期登攀の条件が最も整いやすい場所です。 因みに、「条件が整う」とは、たとえば、滝が凍って氷の登攀ができる ようになることです。液体の水が流れているようでは、登れませんから。

運がよければスコットランドの山々全域どこも条件が整いますが、 運が悪ければごく限られた場所だけ、(冬期登攀に適した)まともな条件に なっている、というのがスコットランドの冬です。特に最近は暖冬続きで なかなか条件にならないのが悩みのたねです。 だから何カ月も前から予約すべき航空券を考えると、○月○日に スコットランドで冬期登山……というのは、ちょっとリスキーな話に なってしまいます。英国の多くのクライマーが(冬期登山のため)欧州本土の方に 行く傾向にあるのも頷ける話でしょう。格安航空運賃もあることですし。 飛行機を使った長距離旅行をすることで、温暖化に貢献しているのは皮肉な話では あるのですが。

ルートとしては、雪、氷、岩、なんでもありますが……、易しいところでは、 急峻な雪の谷を登るルートが主になります。雪が多くない分、雪崩の危険が 日本よりずっと少ないのがメリットでしょうか。もちろん、それでも 時には雪崩による犠牲者も出ていますし、十分な知識・装備が必要不可欠で あることに代わりはありませんが。難易度が上がるほど、ミックスのルート になっていく傾向があるようです。


英国グリッド・レファレンス

英国には、グリッド・レファレンス(British national grid reference system) というものがあります。 これは、英国(とその周りの海域)での 位置を表すための座標システムです。(英国専用の)緯度・経度の代わりの ものです。たとえば、山で救助を呼ぶ時、今、 グリッド・レファレンス・ナンバーで○○にいる、と言えば、救助隊は、 ただちにその場所を特定できます。 英国の山のガイド本などでも、目印の場所(たとえば公衆電話)がこれを使って 記されています。だから、英国の山を旅するなら、是非、知っておきたい 知識です。 個人的には、非常に便利なシステムだと思います。日本も似たような システムを導入すればいいのに、と。

グリッド・レファレンス・ナンバーは、通常、たとえば 「HU 396753」のように書き表されます。最初の 2つのアルファベットが 100km四方でのおおよその位置を表します。HUなら、スコットランド北部の オークニー諸島付近です (参考: http://en.wikipedia.org/wiki/British_national_grid_reference_system )。 次の 3桁の数字が、その中で、東西のどこに位置するかを 100m の精度で 表します。最後の 3桁が、南北でどこに位置するかを表します。

英国の地形図には、ほぼ必ずこのグリッド・レファレンスの枡目が 書かれています(地図にもよるが、多分、水色の線)。それぞれの枡目に 2桁の数字が印刷されていて、これが 1km 四方の枡目を表します。 最後の 100m の精度は、自分で地図から読み取るのが普通です。

なお、(携帯)GPS を使っていると、(英国座標を設定しておくことで)現在地が このグリッド・レファレンスで示されます。6桁ではなく、10桁(つまり 精度 1m)で表されるでしょう。


エディンバラ公爵賞

エディンバラ公爵賞(Duke of Edinburgh Award)とは、14歳から25歳の 青少年(性別問わず)で、アウトドアで一定のことを成し遂げた人に 与えられる賞で、英国ではかなりの知名度を持ちます。 レベルに応じて、銅賞(Bronze)、銀賞(Silver)、金賞(Gold)があります。 たとえば、金賞では、5日間以上外での宿泊を含む活動が必要とされる、 などなど。与えられる人数に限りがあるわけではないので、つまり、 誰々より優れた何々をしなくてはならない、という基準ではないので、 人との競争ではなく、むしろ自分との戦いになる賞です。
 △参考: http://www.theaward.org/ (公式ページ)


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